『人魚が逃げた』青山美智子さんインタビュー/フィクションとリアルが交錯する世界に込めた想い
こんにちは。エディマートの松永です。
今回のエディマート読書部の記事では、2017年に小説家デビューを果たし、2021年に『お探しものは図書室まで(ポプラ社)』が2位となって以来、本屋大賞に毎年ノミネートされている人気作家・青山美智子さんのインタビューをお届けします。
青山さんが書き下ろした最新作『人魚が逃げた(PHP研究所)』は、SNSや街を駆け巡る“人魚騒動”が起きた一日を描いた物語。アンデルセン童話の『人魚姫』を切り口に、フィクションとは何なのかという、根源的なテーマと向き合った作品になっています。
銀座の歩行者天国に「王子」を名乗る謎の青年が現れたことで物語が動き始め、そこに居合わせた五人の男女の人生模様が浮かび上がる今作。実在する場所やアイテムがたびたび登場することで、読み手もフィクションと現実の境目が曖昧になるような、不思議な読書体験が得られます。
今回は、青山さんに幼少期から現在に至るまでの読書遍歴、そして『人魚が逃げた』の創作秘話を語っていただきました。
少女漫画に夢中になった幼少期から、小説家を目指す運命的な出会いまで
作家デビューを果たしてからコンスタントに作品を発表し続けている青山さん。幼少期に好きだった作品や作家について質問すると、「小学生の頃は少女漫画ばかり読んでいた」という意外な答えが返ってきました。
「とくに山岸涼子さんの『アラベスク(KADOKAWA)』は今でも大好きです。ソビエト連邦を舞台にしたバレエの漫画なので子どもには少し難しい内容なんだけど、とても惹きつけられました。あとは藤原栄子さんの『うわさの姫子(小学館)』。小学生の姫子を主人公にした学園もののラブコメなんですが、今も姫子は心の中にいますね。この作品を読んで漫画家になろうと思って、紙をホッチキスで綴じてコマ割りを引いて、真似しながら漫画も描いていました。夢というより、自分は漫画家になるものだと思っていた、そんな変わりものの子どもでした(笑)」。
夢中で読んだという少女漫画作品について、思い出を交えながら語ってくれた青山さん。漫画家になるつもりだった少女時代の分岐点は、集英社の文庫レーベル・コバルト文庫から発刊されていた、氷室冴子さんの『シンデレラ迷宮(集英社)』との出会いでした。
「中学2年生の頃に千葉県から愛知県瀬戸市に引っ越したんですけど、もともと一人遊びが好きなこともあって、休み時間に一人で本を読むことが多かったんです。ある日、近所の三洋堂書店で『シンデレラ迷宮』の表紙に惹かれて、何気なく手に取ったのが始まり。すっごくおもしろくて、本当に強烈な出会いでした。私たちの世代にとって、コバルト文庫は少女小説を確立し、一つの時代を築き上げた革命的なもの。そこから私も書きたいと思って。途中で止まることなく、一冊のノートに小説が書き上がった時に、“私、小説家になろう”と思いました」。
少女小説というジャンルを、「当時の少女たちにとって基地のような存在だった」と話す青山さん。小説を書くことの魅力に目覚めるきっかけとなった氷室さんの作品の魅力については、「当時はそこまで意識して読んでいなかったけど、氷室さんの作品は読者への媚びがないように感じます」と話します。
「中学生の私にとって氷室さんは大人のお姉さんなんだけど、読者を子ども扱いしないで、ちゃんと一人の人間としてメッセージを伝えようとしてくれている。そんな風に受け取っていましたね」と振り返りました。
海外へ飛び出して感じた日本語作品の魅力
青山さんは学生時代から執筆活動を始める一方、大学卒業後にはオーストラリアでのワーキングホリデーに興味を持ち、「こんなおもしろそうなこと、やるしかない」と向かった先のシドニーで、日系新聞社の記者として働き始めます。
「実は最初からシドニーに行ったわけじゃなくて、ブリスベンから入って、ケアンズでオパール屋さんで働いたり、スキューバダイビングの免許を取ったりしました。エアーズロックにも登ったし、メルボルン、アデレードも旅しましたね。その後にシドニーで人生で初めての一人暮らしをしたんです。日系の新聞社にはアルバイトで入って、のちに正社員として働いたっていうのが、詳しいプロフィール」と、タフなエピソードが次々に飛び出しました。
オーストラリアに持って行った本について尋ねると「小田空さんの『目のうろこ(集英社)』。今はもう絶版になっていますが、チベットとか中国とか、少しマニアックな旅を記録したコミックエッセイです。荷物を少なくしたいので一冊だけ、お守りのように持っていました」と、教えてくれました。
そのほか、「現地のちょっとした日本コミュニティの一角に日本の書籍が置いてあると、日本語ってだけでうれしくて手が伸びた」と、海外でおもしろさを発見した作品として挙がったのは『あしながおじさん(新潮社)』。
「幼少期には、親が買いそろえた“文学全集”を読んでもそれほど響かなかったけど、20歳を過ぎてシドニーで読んだ『あしながおじさん』は号泣しましたね、愛の話なんだと思って」と、国内にいるときには気づかなかった本の魅力について話します。「必要な時に出会えるというか、本ってそういうところありますよね」と続けました。
『人魚が逃げた』の着想は、近所でニシキヘビが逃げたこと
そんな青山さんの最新作『人魚が逃げた』は、アンデルセン童話の『人魚姫』がモチーフとして登場します。てっきり童話から着想を得たのかと思いきや「近所で起きたニシキヘビの脱走騒動がきっかけだった」という、予測できない答えが。
「ニシキヘビが逃げたというニュースが駆け巡った時、ワイドショーやSNSで、みんながニシキヘビについて自由に想像を膨らませているのがおもしろかったんです。研究者でもない限り、普段はニシキヘビのことを考えずに生活しているのに、いざ話題になると、それぞれが思い浮かぶ範囲で、怖がったり、飼い主との関係性を予想したり、ドラマを作り上げるのがすごく興味深かったんですよね」と青山さん。
「みんなが自分の作ったフィクションを信じるなら、小説や映画のフィクションとリアルって何が違うんだろうって。私たちは本当は何者でもないし、何者にでもなれるんだっていう、そこを書いてみたかった」と語ります。「“〇〇が逃げた”という響きを生かしたいなと思って。担当編集者さんと構想を練っていたら、まず人魚が出てきて、王子はその後に現れた感じです」と、3年越しで完成した物語の始まりを明かしました。
元モデルの会社員、デパートで買い物をする主婦、妻に離婚された絵画コレクター、文学賞の選考結果を待つ作家、ママとして就任したてのホステスなど、『人魚を逃げた』をはじめ、青山さんの作品にはさまざまな背景を持った、リアリティのあるキャラクターが登場するのも魅力の一つ。
「なるべくいろんな年代の人を出すっていうのは、ずっとやってきていますね」と青山さん。「小説家のおもしろいところは、小学生にもなれるし、おじいさんにもなれること。あえていろんな人を登場させるというのは、私の中の一番の楽しみかもしれません」。
ストーリーの上でキャラクターたちが立ち上がると、「自分が操っているというより、物語を引っ張ってくれる感覚がある」のだとか。今作では登場人物に作家が登場するため、ご自身を投影しているのかと質問すると「ほかの人にも指摘されました」とはにかみました。
「作家になって7年経ちますが、今の私が小説家として思っていることが4章に込められているので…作家としての在り方とか小説に対しての向き合い方っていうのは、投影していると思います」とのこと。こちらは、ぜひ本編を読んで確認してくださいね。
フィクションがあるからこそ人間は生きていける
改めてフィクションの魅力について尋ねると、「やっぱり私たち人間って構造が単純じゃなくて、生きるのがすごく大変だからじゃないでしょうか」と答えてくれた青山さん。
「人間は食べる、眠る、繁殖するっていう、本能だけで生きていけない。それ以上にクリアしなきゃいけないものを課せられていて、そこを助けてくれるのはやっぱり物語であり、フィクションのなぞらえだと思うんですよね」と、フィクションの持つ力について語ってくれました。
『浦島太郎』や『桃太郎』などは今も語り継がれていますが、作者はもちろんのこと、それを伝承しようとした人たちの存在についても注目します。
「アンデルセンの『人魚姫』をなぜ現代の私たちが知っているかといったら、それを本にして、翻訳して、世界中に絵本にしようという動きがあったからですよね。その背景には、世の中の読者に伝えなきゃと思ってくれた人がいて、それを受け取った人がたくさんいた。それが時を超えて続くからフィクションってすごいなと思うし、その時代によってストーリーが少しずつ形を変えていくのも、フィクションのおもしろさだと感じます」。
インタビューの終わりに、これから『人魚が逃げた』を読む人へメッセージをお願いすると、こんな言葉で締めくくってくれました。
「いつもなら好きなように読んでくださいって必ず言うんですけど、今回だけは言いたいことがあって…。“最後まで読んでください!”です。この作品を読んでくださった書店員さんに言われたことなんですけど、映画のエンドロールの後にもうワンシーンがあるみたいに、“最後まで席を立たないでください”って。この本に関してだけは、そう伝えたいです」と笑顔でコメント。『人魚が逃げた』には、物語を最後まで見届けたからこそ得られる、ハートフルな仕掛けが散りばめられています。ページを行き来して、何度も読み返したくなること間違いなしです。
終わりに
作家デビューから7年が経ち、心境の変化があるかという質問については「中学2年生から執筆活動を始めて、デビューまでずっと新人賞に応募し続けていたから、いまだにデビューできたことがうれしい」と答えてくれていた青山さん。
作品を一緒に作り上げる編集者の存在や、読者からの感想が何よりもうれしいとも話していました。「天職というにはおこがましいけど、“神様、小説を私にありがとう”って、本当に毎日思います。書かせていただける場があるっていうことのありがたみは消えないですね」という言葉が印象的で、本当に小説を書くことが大好きだということが伝わりました。
食事や買い物といった日常生活を送りながらも、「執筆中は物語の中に身体が入っている感覚が、過去の作品以上に強かった」という『人魚が逃げた』。青山さんが紡ぎ出すフィクションの魅力を、ぜひ手に取って体験してみてください。
写真:早坂直人(Y’s C Inc.)