ビビッドアーミーのAI生成イラスト広告疑惑(絵柄パクリ問題)を考える
画像生成AIで問題になっているのが、特定の絵柄に似た画像が生成できる事だろう。
例えば、画像生成AIのStable DiffusionにはLora(Low-Rank Adaptationの略)という機能を使用して、低コストでAIの追加学習を行い、好みの画像を簡単に出力できる方法がある。これを活用することで、良くも悪くも従来の方法では生成できなかった画像を生成することが可能となった。
執筆時点(2023年11月24日)で有名なったのが、Webブラウザゲーム「ビビットアーミー」の広告だ。この広告に使用したキャラクターが著名なイラストレーター、石恵氏の作品に非常に似ていたため、多くの人々が石恵氏が関与していると誤解した。しかし、石恵氏は自身のTwitterでこの件について一切関与していないと明言。
また、この広告は画像生成AIを使用した疑惑が持ち上がり、この酷似した広告が頻繁に表示されたことで、石恵氏は精神的な苦痛を感じ、弁護士に依頼した結果、和解に至った。具体的な和解内容は公開されていないが、問題の広告は取り下げられた。
絵柄は著作権侵害になるか?
筆者は法律の専門家では無いが、今回の件に関しては気になっていたので、著作権関連の問題を調べてみることにしたが、多くの弁護士の見解では、イラストの画風で著作権侵害を認めるのは難しいようだ。2023年に4月に問題となった内閣府のポスターのパクリ騒動に関しても弁護士は著作権侵害にはならない可能性が高いと発言している。
一般的には、絵のタッチや画風、描かれている人物や物の類似性については、主観的な要素が大きく、このような点を基にした判断は一般的に行われない。さらに、同じ画材や表現技法を用いて似た設定で作品を制作すると、結果的に類似した作品が生まれる可能性があることも認識されている。
ただし、作品の構図や背景要素、アイデアなど具体的な類似点が指摘され、特定の作品に依拠していると判断される場合には、著作権侵害が認められることがあるが、これらの要素が一般的でありふれている場合、著作権侵害とは見なされないことが多い。
(関連リンク)
イラストや画像の著作権侵害の判断基準は?どこまで類似で違法?- 咲くやこの花法律事務所 (kigyobengo.com)
弁護士が解説するAIイラストの法律問題-AIイラストが著作権侵害になる場合|弁護士 谷 直樹 (note.com)
内閣府のポスター「パクリ騒動」、本当は「著作権侵害」じゃない? 海老澤美幸弁護士に聞く - 弁護士ドットコム (bengo4.com)
山口特許事務所 ドラゴンソードキーホルダー事件 / 不正競争防止法 (ypat.gr.jp)
山口特許事務所 かに道楽事件判例解説 / 不正競争防止法 (ypat.gr.jp)
山口特許事務所 チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件) / 不正競争防止法 (ypat.gr.jp)
工業デザインに関しては著作権ではなく意匠権となる
今回の画風問題に関して気になったのが工業製品のデザインはどうなのかと気になる人もいるだろう。
工業製品のデザインに関しては意匠権で守るのが一般的だ。意匠権は製品の独創的なデザイン(意匠)を知的財産権(意匠権)として守る法律で、特許許庁に出願、審査を受けて、登録されてから認められる。
自動車やオートバイのデザインに関しては、似ている製品が存在しても侵害にならない事例は存在する。
例えば、1990年代に登場したカワサキ・ゼファーのヒットによるネイキッドバイクブームでは、ホンダ・CB400 SUPERFOUR、ヤマハ・XJR400、スズキ・インパルス400といったゼファーのライバルが誕生した。これらオートバイのデザインは、ノンカウルに丸形ヘッドライト、鋼管製ダブルクレードルフレーム、400CC4気筒エンジン、銀色の集合管マフラー、ツインショックサスペンションを装備しており、写真を見れば似ているのがわかるだろう。オートバイを知らない人にとっては「画像生成AIでデザインしたのではないか?」と言われる可能性があるほど似ているが、筆者が知る限りでは訴訟になったという話は聞かない。
現代だと、クラシックランブレッタをオマージュしたスクーターであるロイアルアロイとスコマディが有名だ。こちらに関しては、先行して製造していたスコマディが、ロイアルアロイに対して知的財産権の侵害を訴える訴訟を行ったが最終的に和解し、両社とも販売を継続している。
自動車でもデザインが似ている事例は様々なところにあり、マツダ・RX-7(FC型)とポルシェ・944や、ホンダ・インサイト(2代目)と、トヨタ・プリウス(3代目)、ケーターハム・スーパー7と光岡・ゼロワン、ホンダ・ストリームとトヨタ・ウィッシュ、トヨタ・クラウンスポーツとフェラーリ・プロサンクエなどが知られている。これら車のデザイン類似ネタは、自動車メディアでも様々取り上げらている。
(関連リンク)
自動車デザインで意匠権侵害となった事例の1つに、公道走行不可の限定モデルであるフェラーリ・FXX Kのデザインをオマージュしたフェラーリ488のチューニングカーである「マンソリー・4XXシラクーサ」の問題が存在する。この問題は、裁判で4XXシラクーサのフードのV字型セクションとフロントバンパーがフェラーリFXX Kに類似していると判断されフェラーリが勝訴した。
(関連リンク)
フェラーリ、4XX SiracusaでFXX KをコピーしたMansoryに対するEU裁判で勝訴 |カースクープ (carscoops.com)
ビビッドアーミーのAI生成イラスト広告疑惑問題は「和解」で「判例」となっていない
今回の問題で注意したいのは、広告取り下げはビビッドアーミー側と石恵氏側が話し合いを行った結果で、実際に裁判を行っていないと思われる。ネット上では、判例が出たと言っているが、判例というのは裁判において具体的事件における裁判所が示した法律的判断で、日本では最高裁判所が示した判断を言う。また、一般的にはそれ以外の高等裁判所や地方裁判所の判決が「裁判例」となる。仮に裁判例になっている場合は裁判所の判例検索で探すことが可能だ。
この問題に関しては、具体的な和解内容は公開されていない。そのため、ネット上ではビビッドアーミー側が折れたと思っている人が多いが、実際の和解内容は不明となっている。
今回の件に関しては、「和解まで持っていくことができた」と思う人と「和解まででしか持っていくことができなかった」と思う人で反応が大きく違う。今までの判例を見る限りでは、判例の関係で、ほとんどの弁護士が絵柄が似ているだけでは著作権侵害にならないと語っているのが、さすがに同一性保持権の侵害や不正競争防止法などで何とかなる可能性はあるでは?と法律に疎い筆者が思った中、裁判例になったのでは無く、裁判にならない和解になったのを見ると、イラストレーターなら「和解まで持っていくことができた」と思い、安堵するのは不味いと思う。
(関連リンク)
模倣品(パクり製品)対策の法律実務-不正競争防止法を活かせないか?|弁護士 池辺健太 (note.com)
この問題の解説に関しては専門家の見解と裁判例が無いとわからない
今回の内容を執筆するにあたり、素人ながら様々な裁判例を調べたが、この問題は、筆者には荷が重すぎて、最終的には専門家の見解と裁判例が無いとわからないだろう。生成AIとイラストレーターに関係する著作権関係は、執筆時点(2023年11月24日)では、現状を加味し議論を行った上での見解と解釈で行い、個々の事例に対して裁判所が判例を下さないとわからないだろう。個人的には、著作権関連のプロが、どのように発言するのかが興味がある。
現時点では、生成AIによる悪質な問題が発生した場合、被害者は弁護士に相談するのが一番だと思われる。また、イラストの学習に関して規制を行うのなら規制に賛同する人を集めて、政治家に働きかけるのがベストだろう。
文:松本健多朗