初級者にとって"The Catcher in the Rye"のようなペーパーバックの英語リーディングは簡単ではないけれど=学習方法のお話(その10)=

なぜ "The Catcher in the Rye" が高校生の自分にとって関係あると思えたのか

 私のもっていた最初の  "The Catcher in the Rye" の Penguin Modern Classics のペーパーバックは、カバーが素敵なシルバー色で、出版年は1973年だった。おそらく新宿は紀伊国屋書店で購入したと思う。
 都立高校のサイドリーダーでもなかった J.D.Salinger の "The Catcher in the Rye" になぜ高校生の私が惹かれたのか。
 高校時代、庄司薫の青春小説などにも触れて、山本コータロー氏の深夜ラジオなんかも聞いていて、「ライ麦畑でつかまえて」が話題となり、なんとなくJ.D.Salinger の "The Catcher in the Rye" を読んでみたくなった記憶がかすかにある。
 思春期における問題行動を扱っていることや使われている表現から "The Catcher in the Rye"という小説は問題作品と考えられていることが少なくない。少なくとも優等生的作品でないことは明らかだ。けれども、当時高校生だった自分にとっては精神的に共感できる世界だった。
 まず、主人公の Holden Caulfield 自身、矛盾しているところもあるのだが、ひねくれて世の中を見ている主人公のモノの見方・考え方、世の中や大人たちに対して反抗的にみるモノの見方・考え方、よくいえば批判的なモノの見方・考え方が、とりわけ当時(男子)高校生だった自分に共感を与えてくれたことだ。そこにはたとえば次の文にあるようなユーモアも感じられた。これは教師にたいする批判的一文だが、そんな教師批判に共感した自分が数年後に高校教師になったのだから、人生とはわからないものだ。

・"You can't stop a teacher when they want to do something. They just do it."
・"I said it very fast because I wanted to stop him before he started reading that out loud. But you couldn't stop him. He was hot as a firecracker."

from "The Catcher in the Rye" by J.D. Salinger

 そして、第二に、Ackley や Stradlater という10代の学友や女友達の描写がよく描けていて、英語力不足の自分でもキャラクターがわかりやすかったこと。
 都立高校時代、自分のことを棚に上げるのは不公平な話だが、実際おかしなクラスメートが少なくなかった。だから「ライ麦畑」には自分に関係した話だと感じる共感が得られた。
 その結果、この小説を通じて、口語的表現、four-letter wordsも、swear wordsも、俗語も卑語もたくさん学ぶことになった。高校の試験や受験には全く役に立たなかったけれど。
 そうした描写をランダムにいくつかひろってみると。

・"I never even once saw him brush his teeth."
・"For Chrisake, grow up."
・"Ackley! For Chrissake! Willya please cut your crumby nails over the table? I've asked you fifty times."
・"Stop calling me "Ackley kid", God damn it. I'm old enough to be your lousy father.' "
・"He didn't even use his handkerchief. I don't even think the bastard had a handkerchief, if you know the truth, I never saw him use one, anyway."

from "The Catcher in the Rye" by J.D. Salinger

 もちろん英語で読むのはそれなりに大変だったけど、男の子が主人公の小説だから、思春期の自分にも読めたのだろう。この点で、本小説を、男子高校生向けの教材として、教材のお話のところでも紹介したいところだが、今回は、高校生のあなたに自分に関係するものを読むべきだということを強調したくて、英語学習方法論のところで書いている。
 だから、現在の高校生のあなたも、自分に関係していると思えるものを読むべきだ。

高校時代に必死に食らいついた "The Catcher in the Rye"

 いうまでもなく日本の高校生にとって英語の小説を読むことはむずかしい。なぜ、当時の私が最後まで読むことができたかといえば、それはもう思春期の共感という他ない。
 こうして、自分にとって、"The Catcher in the Rye"は、高校時代、否、人生で初めて読み切ったペーパーバックとなった。
 母語の日本語でも小説に苦手意識があるのは、自分にはフィクションよりノンフィクションのほうが価値として上だという偏見があるうえに、その小説の登場人物がやたらと多かったりすると、とたんに作り話についていくのが面倒となり、楽しめないということがあるからなのだが、それが英語となれば、なおさらのこと。
 そのひとつの例外が高校生のときに読んだ J.D. Salinger の "The Catcher in the Rye" となった。それでその後の何度も読むようになり、だから、すでに書いたように、"The Catcher in the Rye" は、とくに男子高校生におすすめの一冊と考えるようになったのだ。

英語であっても、なぜ"The Catcher in the Rye"が比較的読みやすかったのか

 英語であっても、なぜ "The Catcher in the Rye" が読みやすかったのか。 
 それは、第一に、主人公の Holden Caulfield という男子の声で話が始まり、話が終わるからである。冒頭に、主人公の紹介があって、基本的にモノローグで話が進んでいくから、読みやすい。 
 第二に、小説の舞台としては、時と場所が大切で、"The Catcher in the Rye" の世界は、時間も限定されていることもさることながら、場所がホールデンの学校とニューヨークに限定されていること。この点も、わかりやすかった理由の一つと思う。 
 第三に、英語のことでいえば、口語的であるということ。会話文に実際の音を感じられること(綴りも音に寄せて綴っていることが少なくない)。
 four letter words や ののしり言葉もあるから、その点は、留意しなければならないけれど。

・touchy=easily angered
・crap
・crumby
・a lot of dough
・strictly for the birds
・horse manure
・got the axe
・and all
・got on your nerves sometimes
・drives me crazy
・was mad about History
・phonies
・as hell
・bastards
・goddam
・pretty good
・Boy!
・Jesus!
・lousy
・buddy
・What the hell
・stinks
・I'll bet
・That killed me
・give somebody a buzz
・I'm not kidding
・wanna
・ya
・Wuddaya
・don'tcha
・willya
・sonuvabitch

from "The Catcher in the Rye" by J.D. Salinger

 第四に、小説全体として、英語のリズムが感じられたことだ。英語という文字づらから生き生きとした音が聞こえる経験はなかなかなかったから、音が聞こえた "The Catcher in the Rye" のリーディングは、たいへん貴重な経験だった。
 たとえば、次の表現など、テキストから音が聞こえてこないだろうか。

・"In New York, boy, money really talks - I'm not kidding."
・"I gave him this very cold stare, like he'd insulted the hell out of me, and asked him, 'Do I look like I'm under twenty-one?'

from "The Catcher in the Rye" by J.D. Salinger

"The Catcher in the Rye”を思い出しながらブルー・ノートでしこたま飲んだ経験

  かけだし英語教師の研修中に "The Catcher in the Rye" の舞台・ニューヨークを訪ねた経験があって、これも "The Catcher in the Rye" に対する理解を深めてくれた。
 これはあまり高校生のみなさんにふさわしい話ではないのだけれど、高校時代の”The Catcher in the Rye” の読書経験を思い出しながら ニューヨークの Blue Note でしこたま飲んだ経験がある。
 以下は、当時の日記から。

 Bob DylanやSimon & Garfunkelなどが出演したFolk Cityや、Bottom Line, Blue Note, Village Vanguardをまわって見て、結局、Blue Noteに入る。
 バーテンダーの女性が可愛いらしく感じもよい。ここでよく飲んだ。まずビール3本。「何か強いものを」と言ったら、「何がいい」と言われ、「全くわからないので、何しろ強いものを」と言うと、「私はこれが好き」と言って作ってくれたステンジィというカクテル。そして、スコッチアンドソーダ(Scotch & Soda)。
 スコッチアンドソーダは、J.D.Salingerが書いた”The Catcher in the Rye”の中で、まだ10代の未成年の主人公ホールデン・コールフィールドの好みの酒として登場している。
 実は、Blue Noteに来る前に、paperbackの本屋を覗いたら、”The Catcher in the Rye”が並んでいた。
 これを見ると”The Catcher in the Rye”に格闘して読んだ高校時代を思い出す。実際に手に取ってみたが、高校時代よりスラスラ読める気がした。高校時代でも、不思議に読めた。気魂と共感の成せる業か。
 Blue Noteには、20時30分に入り、22時から音楽が始まる。いい音楽だ。夜中の2時に帰る。危険な印象はない。お腹がすいて、途中、ピザ屋に入る。ここでおかしな大失敗をするが、今は書かない。
 ニューヨークは、ラジオのFMもいい。
 New Yorkに住んでみたくなってきた。
 Earle Hotel 泊。

リョウさんの日記より

ニューヨークという都市が主人公ともいえる "The Catcher in the Rye"

 小説 "The Catcher in the Rye" の冒頭で、主人公は、自分がどこで生まれたか、どんな少年時代だったか、両親は仕事として何をしているかなんて話す気になれないといいながら、主人公 Holden Caulfield が単位未修得から学校をやめることになって、寮制の学校のあるペンシルベニアからニューヨークの実家に向かい、マンハッタンをぶらぶら歩き廻る。だからニューヨークという街そのものが、もちろん登場人物とは言えないけれど、「ライ麦畑で捕まえて」のキャラクターのような雰囲気がある。
 先に27歳のときの思い出話をしたように、わたし自身これまで何度かニューヨークに行ったことがあるけれど、しょせん外国だから基本的に不案内というほかない。
 それでも気になるのは、小説に出てくる建物など、実在のものなのか、架空のものなのか、わからないということだ。 
 それで少し調べてみたら、かなり前の記事だが、New York Timesで面白い記事を見つけた。

 この記事によれば、たとえば、Holden Caulfield が娼婦のサニーと出会うホテルの the Edmont Hotel は実在しないが、この辺ではないかと推測して地図を作成している解説本があるという(Mr. Beidler places the Edmont in the West 50s, between Fifth Avenue and what is now officially known as the Avenue of the d’oh! Americas. In Holden’s day, it was just Sixth Avenue.)。  
 グリニッチビレッジの Ernie’s nightclub も架空のもののようだ。
 主人公 Holden Caulfield は Pency Prep ではフェンシングクラブのマネージャーをやっていて、対抗戦のためニューヨークまでフェンシングの道具を運んでいたのに、まぬけなことに道具を地下鉄に置き忘れてしまって試合ができなかったという逸話が第一話に出てくるのだが、そのフェンシングの相手校の名前はさすがに覚えていなかった。
 あらためて読み返してみると相手校は the McBurney School という学校なのだが、この私立学校は、J.D. Salinger の実際の出身校であるらしい。
 さらに Wikipedia を斜め読みしてみたら、他の出身者では、俳優の Robert De Niro。またテレビによく見たアンカーマン Ted Koppel が出た学校だという。ま、どうでもいい話なのだけど。

 実在した The McBurney School は今はないようで、1980年代に閉じたと記事は紹介している。
 また記事によれば、Holden Caulfield が女友達 Sally Hayes と待ち合わせをした the clock at the Biltmore は、今はオフィスビルに変わったようだ。 
 Grand Central Terminal、そしてRadio City Music Hall と、二つのミュージアムは健在だ。
 Hotel Seton も実在している(The Seton Hotel on East 40th Street)ようだ。
 そのために、このホテルは、小説 "The Catcher in the Rye" のモデルなのかと高校生からよく聞かれるらしい。この質問に対するホテルのオーナーの答えは、否である。なぜなら 実際の Hotel Seton には、バーがないから。
 これは少しにんまりしてしまう話ではあるまいか。

"Salinger"というレファランスブックも斜め読みしてみる

  David Shields/Shane Salerno が編んだ J.D.Salinger (Jerome David Salinger)に関する"Salinger"という本がある。サリンジャーに関わりのあった人たちの証言をもとにしたサリンジャーのいわば"自伝"だ。
 若き日のサリンジャーは、ノーベル文学賞を受賞した劇作家のユージン・オニール(Eugene O'Neill)の娘で、のちにチャーリー・チャップリンと結婚し28人の子どもをもうけたウーナ・オニール(Oona O'Neill)と、軍隊に入る前に恋仲が話題になったことがある。そうした逸話も丁寧に紹介されている。ウーナ・オニールの「彼は作家になるとわかっていました。そうした予感がありました」("I knew he'd be a writer. I could smell it."p.58) というコトバが紹介されている。
 プライバシーを守るため、その後作品を発表せず隠遁生活を送ったサリンジャーについて、本書は、関係者の証言をもとに実相を浮き彫りにしていくスリラーの読み物のような体裁をとっている。そのため、興味本位の週刊誌か参考書のようにぱらぱらと読むことも可能だ。
 その"introduction"には次のようにある。

 J.D.Salinger spent ten years writing The Catcher in the Rye and the rest of his life regretting it.
  Before the book was published, he was a World War II veteran with Post-traumatic Stress Disorder; after the war, he was perpetually in search of a spiritual cure for his damaged psyche.

"Salinger" edited by David Shields/Shane Salerno

 「「ライ麦畑でつかまえて」は、これまで6500万部、毎年50万部売れている」("The Catcher in the Rye has sold more than 65 million copies and continues to sell more than half a million copies a year.") 本だが、サリンジャーは、10年かけて「ライ麦畑でつかまえて」を書き、残りの人生は、そのことを後悔した人生だったということで、「ライ麦畑でつかまえて」が1951年に出版される以前に、第二次世界大戦に兵士として出兵し、PTSDを患い、その後は、その救いを求め続けた人生であったというのはよく知られた話である。

YouTube でオーディオブックがアップされてきている

 「ライ麦畑でつかまえて」は、長年、映画化されることはなかった。
 おそらく作者自身がその許可を与えなかったのだと思うが、随分と前から"The Catcher in the Rye"のオーディオブックも探していたのだけれど、当然にも見つけることができなかった。近年、公式なものではないが、AIによるものなのかどうか判然としないが、YouTubeにようやくアップされ始めていくつか遭遇するようになった。

 こうした音声があれば、高校時代の読書はもっと楽だったろうと思うほかない。

知られたペーパーバックにはアンチョコもある

 学習参考書や教科書ガイドというよりは昔の言い方でいえば「アンチョコ」というべき、原作を読まなくても要約だけを聞ける、高校生向きの SparkNotes というサイトもある。
The Catcher in the Rye: Study Guide | SparkNotes
 今回小説を読んだついでに、よくある教科書ガイドのようなサイトもチェックしてみた。クイズもあったので、やってみた。100点満点とまではいかなかったが、かなりできた。これまで何度となく読んだ小説だから当たり前だ。

禁書になった本のほうが魅力的な感じがするのはどうしたわけか

 これは、英語にまつわるお話に収めるべき話なのかもせれないが、最後にあわてて禁書の話をしておかないといけない。
 古典的には進化論裁判のダーウィンの「進化論」。ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」やマーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」も発禁処分になった歴史がある。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」、ジョージ・オーウェルの「1984年」・「動物農場」も物議をかもした書物で、こうしてみると禁書になったものは、むしろ逆に、文学的・社会的に意義の高い作品、ときに進歩的作品といってもよいものといって良いのかもしれない。
 禁書といって思い出すのが映画「フィールドオブドリームズ」。主人公レイのパートナー・アニーが禁書に反対論陣を張るPTA討論会の一場面だ。アニーが反抗の60年代が戻って来たようだと興奮する印象深い場面だった。
 禁書については、この映画場面を引用しながら論じている記事もあり、禁書処置がアメリカ合州国の日常の現実問題であることが理解できる。
 高校時代に読み切ったペーパーバックについては、他に書きたいこともあるが、キリがない。今日お話ししたかったことは、高校生のあなたが興味のあるものであれば、高校生でもペーパーバックもなんとか読み切ることができるということ。要は、興味・関心が重要であり、決定打であるということです。


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