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1980年代を彩る独創的な音楽たち

1980年代といえば日本に限らず世界的にも様々な音楽ジャンルが誕生した言わば「音楽的ブレイクスルー」を迎えた時期だったのではないでしょうか。ヒットチャートの上位を埋め尽くす大衆音楽、その一方で流行に抗うべく独自の表現に突き進む音楽家の存在があり、それが結果的に新たなムーヴメントへの発展へ繋がる、といったようなある種独特なサイクルを生んでいたのがこの時代ならではの大きな特徴であると思います。そこで今回はこの時代特有の空気を感じさせるものをテーマに、少し定番を逸れた切り口から5枚ほどピックアップしてみました。

文:松原 哲(Ecostore Records)


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安西史孝 / フライ・トゥ・ザ・フューチャー、スペースC&C


万博といえばその開催を祝うとともに来場者をもてなすにあたって様々な関連楽曲が制作されており、それに伴っていわゆる「万博レコード」と呼ばれるものも多数生産されております。最も有名なところでは1970年に開催された大阪万博における三波春夫の「世界の国からこんにちは」、ややニッチなものでは鉄腕アトムの音響を手掛けたことで知られる大野松雄の「鳥獣戯楽」(こちらは先述の「世界の国からこんにちは」を電子音で作成した動物の鳴き声で奏でるという怪盤)といったものがありますが、1985年に開催されたつくば万博においても同様に様々なレコードが作られました。

こちらはそのつくば万博のメインテーマかつ大名曲「HOSHIMARUアッ!」を手掛け、その早すぎた音楽性から後に「日本のアート・オブ・ノイズ」の異名をとる音楽ユニットTPOのメンバーでもある安西史孝によるNECパビリオン用非売品レコード。なかなか壮大なジャケットですが、その内容について言葉で表現するとすれば「明るい未来」といったところでしょうか。比較的ポップな作風ながら当時から40年ほど経過した現在の耳で聴くとどこかメランコリック味も感じられ、その時代を見事に切り取った一枚とも言えます。ちなみにこのレコードは非売品でありながらピクチャー盤仕様というなかなかの力の入れよう。必ず万博を成功させようという出展企業の並々ならぬ気概が感じられます。


Takumi / Meat The Beat


先述のTPO構成メンバーの一人である岩崎工によるソロアルバム。耽美かつ退廃的な歌唱とオノセイゲンの手による硬質な音作り、さらにはコンセプチュアルなアートワークも相まって独自の世界観を見事なまでに構築しています。その完成度は80年代当時隆盛を極めた4ADやラフ・トレード諸作などと比肩しても遜色ないクオリティ。当時イギリスで勃興していたNEW WAVEへの日本からの回答とも言えるのでは無いでしょうか。元はFILMSへの参加など当時のテクノポップを語るうえでは欠かせないキーボードプレイヤーであり、さまざまなCM音楽を手がけている才能あふれる作曲家ですが「Takumi」名義の作品ではアルバムとしてはこれが唯一作(それ以外では大友克洋氏がジャケットを手がけたミニアルバムがあるのみ)。これまで一度も再発されていないことが不思議でならない傑作です。


PINK / PSYCHO-DELICIOUS


今や音楽プロデューサーとしてその名を馳せるベーシスト岡野ハジメや、ポップスシーンはもちろんのことアンダーグラウンド界隈にまでその活躍の場を広げる名キーボーディストホッピー神山といった凄腕ミュージシャンが多く在籍していたことでも知られる1980年代を代表するバンドPINK。本作はヒット作『光の子』に続いてリリースされた3作目。さらに円熟味が増し、その高い音楽性やテクニックを遺憾なく発揮した充実の一枚です。吉田美奈子も数曲で詩を提供しておりそのどれもが最高の仕上がりですが、個人的イチオシはA5「Scanner」。やりすぎと思うくらいに暴れまわるベースラインとハイテンションなヴォーカル、近田春夫による歌詞などどれをとっても一級品。<伝説のバンド>という一言だけでは決して片づけたくない、後世に伝えるべきバンドだと感じます。


Holger Hiller / Ein Bündel Fäulnis in der Grube


1980年代初頭、ドイツの音楽シーンにおいて「NDW」(ノイエ・ドイチェ・ヴェレ)と呼ばれる一大ムーヴメントが巻き起こりました。直訳すると「ドイツの新しい波」。その言葉が示す通りジャンル的にはNEW WAVEとほぼ同義であり、このムーヴメントにおいて非常に独創的なグループが数多く誕生しました。本作はそのNDWムーヴメントを代表する名グループPalais Schaumburgの頭脳であるホルガー・ヒラー博士(※小林泉美の旦那様だったことでも一部では有名)の記念すべきソロ1stアルバム。脱臼系ツギハギビートに乗った朴訥な歌声、そして妙に耳に残るメロディーはいい感じに心地よい違和感を生じさせ、一聴したその瞬間から癖になってしまう佳曲揃いです。特にシングルカットもされているA4「Jonny (Du Lump)」は当時日本のCMソングとしても使用されていたそうで、こういった楽曲がお茶の間で流れていたという事実に当時の大らかな時代性が感じられ少し羨ましい気分にもさせられてしまいます。

ちなみにこのアルバム、ここ日本においては『腐敗のルツボ』という邦題(かっこいい)でリリースされ、さらにはプレス国によってそれぞれジャケットが異なりますがやはり愛好家としてはNDW界の頂点に立つ名門レーベルATA TAKの独オリジナル盤で持っておきたいところ。(こちらにもジャケット違いがありますが)


Grauzone / S.T.


NDWの勢いは留まることを知らず国境を越えて隣国スイスにも及び、このGrauzoneの結成に繋がっていきます。自身のグループ名を冠した唯一作は近年、リリースから40周年を記念してボーナストラックを大幅に追加したリイシュー盤も発売されマイナージャンルながら一部の熱狂的なファンの胸を熱くさせました。肝心の内容ですがNDWマナーに則った性急かつ無骨なビートやぶっきらぼうなヴォーカルスタイルはそのままに、時折顔を覗かせる独自のエレクトロサウンドにこそメンバー各位の矜持を感じさせます。同年にリリースされたシングル「Eisbär」(歩くホッキョクグマがかわいいMVは必見)をヒットに導いたのちメンバーはそれぞれスイスの国民的歌手として活動していたりテクノプロデューサーとして《Rephlex》からリリースするなど、今もなおそのキャリアに磨きをかけています。




以上、やや個人的な趣味嗜好が色濃い形になりましたがそれはきっと自分自身が1980年代生まれであることも少なからず影響があるのかもしれません。以降の1990年代、2000年代・・・とそれぞれの時代についても愛聴している作品は数多くありますが、そのどれもが当時の空気を強く感じさせるもの。自分の音楽の聴き方として潜在的に「時代性」を感じ取っているのかもしれないなと、本コラムを執筆しながらふと思いました。

筆者紹介:
松原 哲(まつばら・さとし)
レコードやCDの買取査定を行うチームでマネジメントを行うほか、業務フロー構築、経営企画など様々な業務に従事。その結果、社内で「何をしてる人ですか?」と聞かれること多数。東京深川在住。趣味は酒場放浪。

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