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九、東京散策―虎ノ門、愛宕

 家族が手術を受けることになったのは、何かと気忙しい昨年の十二月であった。立ち会いを求められた私は、東京都内の病院へ向かった。最寄り駅の改札を抜けて地上へ出ると、家族からメッセージが届いた。手術開始が二時間遅れるとの事。私は思わぬ足止めを食らった。

 場所は港区の御成門交差点。メッセージがあと七、八分早く届いていたら、有楽町に留まって大型家電量販店をじっくりと見ていただろう。しかし私は迷わず日比谷駅方面への連絡通路を進み、都営三田線に乗り換えた。御成門で下車。目的地への矢印を辿って階段を昇ると、久々目にした地上の風景が日比谷通りで、振り返ると御成門交差点だった。この界隈で二時間潰すことを余儀なくされたのだ。

 私は横断歩道の先に広がる芝公園を眺めながら、この二時間をどうやり過ごすか考えた。散策するとしたらどこへ行こうか。目の前の信号を渡り、芝公園を通って増上寺へ参り、世界貿易センターの前を通って元の職場まで行くか。交差点を背にして、最近開通した環状二号線を渡って、仕事でよく通った商船三井ビルへ行くか。私は交差点を背にして歩き始めた。

 環状二号線を肌感覚で捕らえたいと思った私は、日比谷通りを北へ進んだ。ビルに囲まれると交感神経が刺激されるのか、背筋が伸びて歩が進む。芝郵便局を通り過ぎると、大きな交差点に近づいていると感じた。程なく新橋四丁目交差点へ着いた。交差していたのは、環状二号線だった。

 右は新橋、左は虎ノ門。手前にそびえ立つ虎ノ門ヒルズ。商船三井ビルはその奥にあるのだが、このときは気付かなかった。この交差点は、私が思ったよりも手前にあった。若い頃よく歩いていた通りは、どうやらこの先にありそうだ。私はさらに日比谷通りを直進し、次の信号まで歩いた。

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 目的の交差点に着いた。私の記憶が確かならば、右にはニュー新橋ビル、左には私が気になっていた店があり、その先が商船三井ビルだ。私が目的地を商船三井ビルに定めたのは、むしろこの店が現在も営業しているのか気になっていたからだ。私は信号手前で左折して、環状二号線と外堀通りの間の片側一車線の通りに入った。飲食店が軒を連ねるこの通りで探していたのは、ショーウィンドウにトロフィーが所狭しと飾られている店だ。

 桜田通りと交差する虎ノ門一丁目信号の先に、その店はあった。東京カップ本店。右は虎ノ門駅、左は圧倒的な存在感を誇る虎ノ門ヒルズ。私は虎ノ門ヒルズには目もくれず、趣深いこのビルを目で楽しんだ。

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 虎ノ門の一等地でのれんを守っいるだけあって、私が見ている間にも客が入店した。努力が報われたときに貰うトロフィーや盾がこれだけ並んでいると、見ているだけで元気を貰えそうだ。

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 東京カップ本店の外観を思う存分堪能した私は、その脇をさらに直進した。左側には環状二号線が突如現れ、信号で合流した。その信号を渡った先が商船三井ビルである。

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 こちらは裏口。写真右の階段を登り、吹き抜けを通ると外堀通り側に出る。こちらがエントラストだ。寒空の中、スタッフが植栽を手入れしていた。

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 私は商船三井ビルをまじまじと見つめた。そして、自分の記憶の曖昧さに気づいた。エントランスまでの広い大きな下り階段だ。この建物を出入りするたびに、こんな階段を登り降りしていたのだろうか。その記憶がすっぽり抜けていたのだ。

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 下り階段の横を通り過ぎると、数段の上り階段があったが、その階段こそ見慣れないものだった。現在のエントランスだ。商船三井ビルを反時計回りに一周して裏側へ戻ると、先ほどの信号を今度は環状二号線方向へ渡った。目の前に高くそびえ立つ虎ノ門ヒルズを目指した。

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 虎ノ門ヒルズは築地虎ノ門トンネルの真上に立っている。だが入り口が見つけられない。トンネル直前で右折して、虎ノ門ヒルズを左に感じながら入り口を探した。突き当りを左に曲がると、長い階段とエスカレーターが見えてきた。これで何とか虎ノ門ヒルズに入ることができた。

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 エスカレーターの先には虎ノ門ヒルズ森タワーだが、私の目に留まったのは、西桜公園の植栽だった。このなだらかな階段を下っては振り返るを繰り返した。落葉したケヤキは樹形の美しさが際立っていた。

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 足元にはツワブキ。花の少ない冬に彩を添えていた。海外の愛好者も多い植物だ。

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 階段をすべて下ると桜田通りに出た。虎ノ門ヒルズから真っ直ぐ伸びる環状二号線の地上部は、築地虎ノ門トンネルの真上にある。ここを進めば先ほどの新橋四丁目交差点に着き、日比谷通りを右折すれば御成門交差点へ戻れる。だが私は環状二号線には進まず桜田通りを右へ歩き出した。歩き始めてすぐ右側に愛宕神社車道口があり、急な坂道を上ってたどり着いたのが、愛宕神社だった。

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 手術の成功を祈願して、正面の階段を下った。思いのほか急な階段を、踏み外さないよう気を張りながらゆっくりと下った。

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階段を下りてホッとした私は鳥居をくぐり、いままさに下ってきた階段を見上げた。東京の都心にこんな山があるとは、なんとも不思議だ。そんな感慨に浸っていた私の目に飛び込んだのが、「出世の石畳」の文字。私はここを下ったのだ。出世に縁遠いはずである。

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 私は気を取り直し、再び歩き始めた。数分後に病院へ到着した。入院病棟の待合室に通された私は、手術が終わるのを待った。三時間前に歩いて病棟のエレベーターに乗った家族は、ストレッチャーで戻ってきた。このご時世、ストレッチャーは私の前で止まることはない。私の姿に気づいた家族は、前を通り過ぎるやいなや

「ありがとう。」

思いの外ハッキリした声だった。そしてストレッチャーを押していた看護師さんからも声をかけられた。

「これで終わりです。今日はありがとうございました。どうぞ気をつけて。」

 その意を「お帰りください」と汲んだ私は、簡単な挨拶を交わして帰路に就いた。辺りはすっかり暗くなっていた。

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サカタニミホ
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