🎥シネマ歌舞伎『熊谷陣屋』を観ました
2021年11月19日
MOVIX柏の葉 にて
訃報 中村吉右衛門さん
平成22年(2010年)4月の歌舞伎座さよなら公演を収録したシネマ歌舞伎。
冒頭には、中村吉右衛門さんへのインタビュー映像が収録されています。
この文章を考えているさなかに吉右衛門さんの訃報が飛び込んできて、
大変驚きました。
中村吉右衛門さん、人間国宝で77歳、本年2021年3月に心臓発作で倒れられて以来、養生を続けておられるということでしたが、この11月28日に帰らぬ人となってしまわれました。
本当に残念です。
心よりご冥福をお祈りいたします。
熊谷直実役の吉右衛門さんは、私にとっては「鬼平犯科帳」の平蔵。
テレビの中でよく存じ上げている存在でした。
初代の吉右衛門さんの当たり役を引き継いでの今回の演目ということで、
歌舞伎らしい歌舞伎であるということも、この作品の注目ポイントでした。
一枝を伐らば
1194年、源平合戦のさなか、源氏の武将、熊谷直実の在中する陣屋
(軍兵が駐屯する営舎)。
『一枝(いっし)を伐(き)らば 一指(いっし)を剪(き)るべし』
陣屋の前にはみごとな桜の若木があり、
一本の制札(禁令の立札)が立っています。
主君義経の命令により、桜を手折り盗むものあれば、
その指を切り落とすという、美しい花には似つかわしくないお触書。
これを見る通りすがりの町人が「くわばら、くわばら」とばかりに桜の木から離れていきます。
実はこのお触書には、深い謎かけが含まれていて、
直実や多くの登場人物の行く末に非常な影響を与えるものでした。
後に“制札の見得(せいさつのみえ)” という、有名な見どころにつながっていくのですが、こういった仕掛けが面白く、興味深いところです。
二人の母
陣屋でまず登場するのは、直実の妻、相模
(中央のふすまが開いて、堂々の登場シーン)。
戦場に来てはならないという夫の命令を押してでもはせ参じたのは、
我が子 小次郎の初陣が心配なあまり。
夫からの𠮟咤覚悟で待っているところへ、直実が帰還します。
敵方、平清盛の甥、平敦盛を討ち取ったという。
この話は、平家物語「敦盛の最後」として有名で、学校の教科書にあったのも覚えています。
若干16歳の、我が息子と同じ年の敦盛の首を心ならずもはねるという、
苦渋の選択を選ばざるを得なかった直実。
さて、ここに敦盛の母、藤の方も現れて、息子の敵とばかり直実に切りかかります。
藤の方といえば、今は敵方とはいえ、相模がかつてお仕えしたこともあり、直実にとっても恩義のある尊い存在。
でも、ここでは、どちらも16歳の息子の安否を心配する母親どうしでしかないのです。
主従関係の中、戦場の場でどのように身を振るのか、男の目線から描かれるものがこの作品の大筋を作ってはいますが、やはり私は母親の目線で見てしまいます。
息子の形見の笛を供養のために鳴らすと、障子の影に死んだはずの敦盛の姿が!
思わず障子を開けると、そこには敦盛が着ていた甲冑兜があるばかり。
悲しみのあまり、幻を見たかと悲嘆にくれる藤の方と相模。
実はこのシーンにも重要な伏線があるのですが、
母の目線で描かれるこの場面も心に残ります。
重鎮
吉右衛門さんの他にも、人間国宝とされる、歌舞伎界のそうそうたる方々が登場します。
弥陀六という後半出てくるいわくありげな老人、
実はかつて幼い義経の命を助けた平家の侍。
自分の恩情が平家を滅ぼす遠因になったことを悔やんでいる。
そんな弥陀六に恩を返すべく、義経が図ったことが
この物語の悲劇を生むわけでありますが。
この弥陀六を人間国宝の中村富十郎さんが演じます。
残念なことに富十郎さんは2011年1月3日に81歳でお亡くなりになりました。この収録された歌舞伎公演の翌年ということになりますね。
人間国宝でいえばもう御一方、坂田藤十郎さん。
相模を貫禄で演じています。
2020年11月12日に88歳でお亡くなりになったことは記憶に新しいところです。
義経演じる、中村梅玉(4代目)さん、75歳。
藤の方演じる、中村魁春(2代目)さん、73歳。
お二人は実の兄弟でいらっしゃいます。
共に紫綬褒章を授与されています。
健康に留意されて末永くご活躍されることを切に願っています。
また、シネマ歌舞伎は輝かしい名優たちの軌跡もしっかりと留めてくれるのでますます貴重だなと感じずにはいられません。
イヤホンガイド
いつもアプリからシネマ歌舞伎イヤホンガイドを利用しています。
今回は始めて男性の声でした。しかも静かで上品で短いセンテンスで。
調べたら塚田圭一さんという方でした。
2016年に82歳でご逝去されていました。
6歳から歌舞伎に親しんでおられたとか。
イヤホンガイドの創設から携わった、草分け的存在の解説者でいらっしゃったそうです。
また、他の演目でお耳にかかれることを楽しみにしています。
十六年は一昔
自らの手で無残に16歳の少年の首をとる・・・。
そんな時代のこととは言え、人の親の心を持ったものならなら、
その心の苦悩や迷いはいかばかりであったことか。
劇中には無かったけれども、浄土宗開祖の法然上人は、
心の安寧を求める直実に「罪の軽い重いに関わらず、ひたすら念仏を唱えると良い。それ以外に道はない」と説いたといい、
これを聞いて直実は号泣したと言います。
最後、直実は「16年は一昔、夢であったなぁ」と出家して僧となり花道を走り去っていきますが、心に生々しい迷いを抱えたまま、かけ去っていく直実に、ここからのさらなる長い道のりを彼はどのように生きていくのだろうかと、その厳しい道のりに自分事も重ねる思いで見送りました。
直実節
ここで全くの余談ですが、直実といえば熊谷。
駅前には銅像があります。
“直実節”というのが有名で、熊谷市民の皆さんは当たり前に知っている郷土の踊りなのだそうです。
私はスターダスト☆レビューのライブコンサートで知りました。
ボーカルの根本さんやベースの柿沼さんは熊谷近辺のご出身なので
“直実節”も披露していただき、会場のみんなで踊ったりしました♪
あれがこの直実だったとは!
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?