秀山祭九月大歌舞伎 昼の部 「祇園祭礼信仰記」「土蜘蛛」「二条城の清正」
二世中村吉右衛門三回忌
“秀山祭”とは、初代の中村吉右衛門の功績をたたえ、
その芸を次世代へ継承することを目的に始まったものです。
そして今回は二代目吉右衛門さんの三回忌追善でもあります。
歌舞伎座に入ると、焼香炉から立ち昇るかすかな香りを感じ、
見ると吉右衛門さんのお写真が静かに掲げられていて、
その前で手を合わせる方々も見られました。
中に入ると、歌舞伎座新開場の十周年を記念して、
新しい緞帳もお披露目されていました。
碧天に惑星のように浮かぶ大きな月と満開にしだれる桜の大木。
幻想的で見とれてしまいました。
祇園祭礼信仰記 <金閣寺>
人形浄瑠璃作品として生まれた“祇園祭礼信仰記”は五段で構成されています。
内、四段目の“金閣寺”の場面が当時人気となって、
歌舞伎演目にも移されたとのこと。
「祇園祭礼信仰記」の名題の由来は、
二段目の小田春永(信長がモデル)が
祇園牛頭天王の祭礼を
再興する話からきたようですが、
上演された“金閣寺”には直接の意味合いはないようです。
本作品に登場する“雪姫”は歌舞伎の三姫と呼ばれる女形の一つです。
それを最近活躍著しい中村米吉さんが初めて演じるとあって楽しみで!
さてこの雪姫、考えていたよりかなりハードなお役でした。
最後の立ち廻りの場面を除いて、ほとんど出ずっぱりの雪姫です。
踏みつけられたまま横たわっていたり、
どつかれて気を失って倒れたりと可哀そうなのですが、
横になってもカツラがあるため頭は宙に浮かしたままなのです。
雪姫のカツラは豪華で重そうですから、
米吉さんすごいなぁと思いつつ見ていました。
囚われの身をはかなむ暇があらばこそ、
松永大膳という悪者に夫の命を引合いに言い寄られ泣く泣く承諾、
しかし我が父親を殺した張本人だと知ると太刀を奪って手向い、
あえなく桜の大木につながれてしまいます。
処刑を下された夫は会話もそこそこに連行されてしまい、
大膳こそが父の敵であったという大切なことも伝えられない口惜しさに
身を絞られるような悲しみにくれます。
同じく幽閉されている将軍の母、
慶寿院尼のこともこのままではいけない。
様々に考え抜いた末、祖父の雪舟の故事を思い起こし、
自分も同じようにできるのではないかと、
桜の花びらをかき集め、
手は使えないから足爪先で鼠の絵を描き、
念が通じてその鼠が実体化して縄を嚙みちぎるという、
超力業を発動します。
そこへ大膳のもとに奉公を志願してきていた、
此下東吉(秀吉がモデル)が現れ、
実は慶寿院尼を救うための画策であったと打ち明けて、
雪姫を助けて夫のもとへ急がせます。
その夫の処刑にもすでに手をまわしており、無事でいるはずだから、
後のことは任せなさいと。
だったら、雪姫が苦悶しながらつながれているときに助けてあげてよと思う私でした。
でも、歌舞伎のこういう見せ場のためのストーリーが
面白いなぁと思うのです。
慶寿院尼を演じる予定だった中村福助さんは今回体調不良のため、
長男の中村児太郎さんが演じていました。
福助さんといえば脳出血の後、体の麻痺などの様々な困難を乗り越えて、
4年10か月後の2018年に
この金閣寺の慶寿院尼役で奇跡的に復帰しました。
歩くことも無理と言われた福助さんが、
あきらめない気持ちでリハビリの末、
舞台復帰を体現して見せてくれました。
まだ半身に残る麻痺と戦いつつも、
その後もコツコツと舞台に立ち続ける福助さん。
今回はそんな福助さんにお会いできなくてとても残念でしたが、
舞台の上に何としても立ち続けようとする姿に感銘を覚えます。
心から応援しています。
土蜘蛛
序盤の侍女胡蝶の舞踊など、しずしずとした踊りで、
いかにも能狂言を元にした演目です。
胡蝶は、75歳の中村魁春さんが演じました。
着ておられる能装束が独特な風情で、
これは“壺おり”という、着つけによるものだそうです。
一番上に着ている装束は、ゆったりと、
後ろ首のあたりを上からかぶせるように羽織られていて、
歩き方も「ハコビ」というすり足。
歌舞伎でありながら、能の世界を味わえる作品です。
胡蝶は病の源頼光のために薬を持参し、
京の秋の風情のある様子なども舞って聞かせます。
その後、音もなく頼光に近づく僧侶 智籌。
しかし、太刀持ちの音若の働きにより、
土蜘蛛の精であることがばれ、
名刀膝丸の一太刀を浴びて退散していきます。
音若役の中村種太郎さん(九歳)が長袴で
角々を直角に曲がって進みつつ、頼光のお世話をしているのですが、
難しい長袴の足さばきに、
つまずきはしないかとハラハラして見ていました。
その所作がいかにも可愛らしく、
それを見守る客席もふんわりと優しい雰囲気に包まれます。
もう一人、観客を魅了した小さな播磨屋、
中村秀乃助さん(七歳)。
中盤、場面は変わってお屋敷の中庭。
土蜘蛛に恐れおののく従者たちが石神地蔵に巫女舞を奉納したり、
祈ったりしていると、実は石神は小姓が扮した悪戯だとわかって大騒ぎ。
その小姓を演じたのが秀乃助さんでした。
種太郎さんの弟さんということで
この兄弟の祖父が源頼光役の中村又五郎さん。
巫女におんぶされて退場していきます。
やんちゃぶりが可愛い!
このような間狂言を挟んで、
いよいよ土蜘蛛退治佳境の場面へ。
源頼光の家臣、
平井保昌と四天王(渡辺綱、坂田公時、卜部季武、碓井貞光)と
土蜘蛛の精との闘いが繰り広げられます。
土蜘蛛の放つ“千筋の糸”、色彩豊かな衣装、
土蜘蛛役の幸四郎さんの隈取や独特な見得、
特に土蜘蛛に取りかかる8人の軍平たちの様子が
全体から蜘の足のように見える構図になる演出が面白かったです。
静動合わせ持った、歌舞伎の醍醐味を味合わせてくれる作品でした。
二条城の清正
始まるとともに、会場は真っ暗に。
歌舞伎座でもこんな暗闇になることがあるんだと新鮮でした。
そして短銃一発の音が響き、
大阪に帰る御座船の上に加藤清正を演じる白鷗さんが現れると、
観客から“待ってました!”の気持ちを込めた拍手が湧き上がります。
白鷗さん(八十一歳)は体調を崩していて、
歌舞伎の舞台に戻るのは八か月ぶりだそうです。
しかし、この4月には54年間に渡り演じてきた『ラマンチャの男』の
最終公演を見事に務めあげています。
今回は弟である吉右衛門さんのために出演を望んだとのこと。
三場で構成されている「二条城の清正」の中の、
今回の上演は“淀川御座船の場”のみとなっています。
二条城からの帰路の中、冒頭の短銃音は、
船を狙う徳川からの追手を防いだ清正によるものです。
敵の巣窟、二条城に乗り込んだ秀頼と清正。
徳川家の総勢ににらみを利かせつつ、
秀頼のアッパレな総領ぶりを背後でしっかり支えた清正です。
敵に一部の隙も与えぬよう、張り詰めたやり取りの末、
家康に和睦を取り付けることに成功して、
無事その二条城を出ることができるのです。
ここまでだって、本人たちすれば奇跡的なこと、
あとは無事大阪城まで戻る段になっても、
暗闇に乗じて執拗に秀頼の命を狙う徳川の手の者たちから、
秀頼を死守せんと船上で目を光らせる清正です。
『早く夜が明けてほしい』いかに豪胆な清正とはいえ、
病身の身をおしての今回の二条城行き、
どれほど身体も神経もすり減らしているか、想像に難くありません。
ようよう大阪城が見え始める頃、安堵の気持ちの中、
秀頼の二条城での立派な立ち居振る舞いを誇りに思い、
長年我が子のようにも思ってきたことなどを打ち明ける清正と
「死んではならぬ」と励ます秀頼。
その秀頼を、白鷗さんのお孫さんである市川染五郎さん(十八歳)が
演じていて、秀吉と清正の姿には、まるで白鷗さんと染五郎さんの
関係性そのものが透けて見えるのです。
白鷗さんの生き様と清正の心情も重なり、
その台詞一つ一つが重く心に染みた20分間でした。
終わって
3時間20分(二回の幕間を除いて)、
じっくりと“THE歌舞伎”を観たなぁという充足した気分になりました。
タイプの異なる三つの芝居、そして演者さんたちの生き方、あり様が
舞台の上にそのままに映し出されるのに心を揺さぶられます。
何より、その背後には、77歳で早世された吉右衛門さんが見守っておられるのですから。
歌舞伎は初代から代々継承されてきた芸事であり、
そこには家族があり、一門がある。
その悲喜こもごもごと、舞台の上にもにじみ出る世界なんだな。
そこに共感を覚えたり、応援したくなったり、胸熱になったりで、
いつの間にか歌舞伎の世界との敷居など無くなってしまいました。
幕間に頂いた熱いたい焼きもおいしかったです!