本当にあった無肥料で高収量が続く農業(3) 緒言
科学とは、人類の知識体系の構築という、壮大な共同作業である。論文はこの体系に新しい知識を加えるものでなければならない。いわゆるオリジナリティだ。緒言は、知識体系における論文の位置を、既存の研究論文を使って示している。ただし、簡潔に。そこで、緒言に引用文献の内容を少し補ってみることにする。
耕地の肥沃度は低下する
耕作による土壌炭素量の減少
近年、CO2削減に関連して土壌炭素貯蔵量の研究が多数行われている。具体的な数値には幅があるが、林や草原を開墾して耕地にした結果、土壌炭素が大きく減少したことは確かだ。減少は今も耕地で進行している。農業も土壌炭素の減少は大きな問題だ。耕地の土壌炭素は、土壌肥沃度=作物の収量レベルの指標でもあるからだ。耕地の肥沃度の低下は、農耕の始まりと共にあった課題だが、肥料によっても解決できていない。
熱帯は土壌劣化が深刻
土壌炭素の低下は、微生物の活性が高い熱帯では温帯の10倍早く進む。そのため、熱帯では開墾した耕地を短期間で放棄し、新たに耕地を開墾することが繰り返される。その典型がアマゾンの熱帯雨林の破壊の進行だ。
窒素投入か炭素投入か
窒素投入は土壌炭素を増やさない
窒素施肥は作物を大きくするが、土壌炭素が増えることは稀だ。増えるのは地上部だけだ。これは土壌中の有機物が増えるのに応じて微生物による分解も増えるので、差し引きゼロになるからだ。
耕起は有機物を減少する?
また、耕起栽培に比べ不耕起栽培は有機物の減少が少ない。耕起栽培による有機物の減少は、湿潤熱帯>乾燥熱帯>湿潤温帯>乾燥温帯の順で大きい。そして、不耕起栽培による抑制効果も同様だ。つまり、湿潤熱帯では不耕起栽培の効果が大きい。
炭素投入が土壌炭素を増やす
ところが、条件を揃えた比較研究の結果は少し違った。耕起から不耕起に変えると土壌炭素量が増加することが多いが、減少する場合もあった。結局、土壌炭素の増加量は炭素投入量に比例していた。だとすれば、炭素投入によって熱帯の土壌劣化した耕地を再生できる可能がある。
炭素投入のジレンマ
炭素投入は施肥農業と相容れない
耕地への炭素投入は土壌を肥沃化する可能性がある。しかし、施肥農業と炭素投入は相性が悪い。化学、有機ともに、施肥農業は、土壌中の可給態窒素(硝酸態窒素)が一定濃度以上になるように施肥するからだ。有機物には炭素と窒素が含まれる。微生物は増殖する際に、一定の比率で炭素と窒素を使う。有機物の窒素率がそれより低いと窒素が不足するので、土壌の可給態窒素を吸収する。すると、土壌の窒素濃度が下がる。ここで作物のために窒素施肥すると、微生物がこれを利用してさらに増殖し、炭素の分解が促進される。つまり、炭素投入の効果は、窒素施肥を控えなければ発揮されない。
新しい農法
施肥しない農業の成功
『現象から始めれば必ず的に当たる』。上司から教わった教訓である。ブラジルに、無施肥で炭素投入して肥沃度を向上した耕地が実在した。特に重要なのは、高い生産性を上げていることだ。また、多くの作物で通用する点も重要だ。現象には、それを成り立たせる原理が必ずある。
新知識は炭素投入の収支
土壌構造にA層の発達は、タイトルで明かしている結果だが、これは論文の本題ではない。緒言は、終始、耕地の土壌炭素を問題にし、調査項目を炭素収支で結んでいるとおり、炭素収支がこの論文の本題だ。
まとめ
今、改めてこれらの文献を眺めると、興味深い事実が浮かび上がってくる。まず、土壌炭素量は、植物による炭素固定量と土壌微生物による分解量のバランスで決まる。その微生物による分解量は第一に温度、第二に水分で決まる。炭素固定と分解のバランス・レベルは炭素投入量に比例する。バランス・レベルが上がれば作物の生育量が増え、炭素投入量を増やせる。こうして炭素投入は土壌肥沃度向上の好循環が生む。理屈はこのとおりだが、さて実際はどうだろうか?
(つづく)