その履歴書を破れ
考えこみやすいタチです。
以前は、外側に映る事象を全て抱えこんで、かなり悶々としてました。
今はそれほどではないけれど、探求し始めると他に目もくれず
ずっとそればかり深掘りしていく、面倒くさいタチでもあります。
哲学タイプと言えば聞こえはいいけど、自分で自分を持て余すほどに
面倒くさいです。
思考はただの思考です
思考の中であーだこーだ考えている分には、それはただの思考です。
五感と同じく対象物や触れたものに反応して、それで得た感情や感覚を、
善悪だの価値判断だの自分で学習したルールデータに基づいて
「言語変換」して「思考」として浮かび上がらせるので
仕組みとしてはAIとそう変わりはないと思います。
なので、言語思考には限界があります。
(データベースにある情報しか言語化できないので)
思考の中で、時系列に並べたり、相関図を作ったりしてストーリーを
進めていったりします。
しかし、思考は自身が知っている情報の中でストーリーを展開させなければならず
そこで結論づけた内容が自分にとっての「事実」になります。
つまり、思い込み。
この思い込みシステムによって、人それぞれに自分なりの思いこみ(世界観)があるわけです。
それを今度は「自分自身」というカテゴリの鍋の中に「思考」ごとぶっこんで、
さらにその時の社会通念だの常識だのスパイスをまぜこんで出来上がったのが「今の自分」と思しき「状態」です。
(五感のように「自分感(自我性)」みたいな感覚があって)
それを言語化すると「自分」「私」になってしまうようです。
思考を突き抜けた何か
ネットが普及してから、とりこむ情報があふれ
既存の情報をどんどん自分のデータベースの中に入れてしまうので
言語化された思考がいつもフル稼働してしまいます。
もともと自我性は、自分を守るために備えられた自己防衛機能です。
転ばぬ先の杖のような役割で、守るべき自分のために不足があれば補うサインを
出すシステムのようなものだと思うんです。
寒ければ「身体を温めよう」というサイン
お腹が空いたら「何か食べよう」というサイン
危険が近づいたら「逃げよう」というサインを出して
身を守っていたのだと思います。
それが「言語」を習得することによって、シンプルだったサインに
ストーリーをつける機能拡張してしまったんでしょうね。
それで人間は「言語思考」できるようになった、と。
もともと不足をカバーする感覚機能が「思考」にアップデートされて
「思考」の中で「思考」が反応し、不毛な自己学習を繰り返し、
結果として「いつも何か足りない自分を補う=何かを求める」というプログラムに
書き換わったことで、いつも「何か足りない=不安」という感覚が強くなり
これがもともとの「思いこみシステム」にスパイスされて「苦しみ」を感じています。
人間には身体があるので、その「苦しみ」を体感覚で感じるようです。
頭のあたりが悶々としたり、胸がギューっとなったり、胃が痛くなったり。
その体感覚は思考の中で「感情カテゴリ」として言語変換されて
「私は怒っている」「私は悲しんでいる」「私は苦しんでいる」という
ストーリーになって、また思考の中に浮かび上がってきます。
不毛な思考内ループ。
この頃、chat GPTでいろいろ試していて、AIの自己学習ってのも人間の思考ってのも
システム的にそんなに違いはなさそうだなと、と実感しました。
ただし、AIと人間の違いは
五感を感じ、呼吸して鼓動している生身の肉体
「思考」が導入される前、感覚だけだった時のまっさらなベースがあるということ。
つまり、感覚器官優位で、それだけで暮らしていられた時代が長かったというのが
大きな違いだと思います。
何が言いたいかっていうと、やはり「直感」のような「思考外」の感覚がある。
それが人間の特性だと思います。
右上からのメッセージ
直感・閃き、昔だと神様のお告げ、最近だとハイヤーセルフのメッセージなんて言い方もしますが、つまり思考外からきた直感的なもの。
もともと思考が優位でない、感覚器官優位の人や子供はまさに直感で生きています。
悟りを開いたという人も思考が自分ではないことを見抜いているので、
思考のごった煮をせず、直感的なところがあります。
私の場合たまに、短いセンテンスで右上あたりからメッセージが来ます。
妙なタイミングの時に、ふいにやってきます。
多分、その人の得意な、あるいは優位な感覚を使ってくるのかなと思います。
だから視覚優位な人は、何かの映像(天使とか龍とかかな)になるのだろうし
聴覚優位な人は、どこかから耳に聞こえてくる感じなのかも知れません。
私の場合は、思考優位なので右上あたりから直接頭に、わかりやすい短い文章で入ってくる感じです。
で、最近のメッセージは何してる時だっかな、家にいて全く関係のない場面で
「その履歴書を破れ」でした。
おいおい。
履歴書なんて書いてないけど?破る以前に持ってもないけど?
たまにこういうのがあるので、一応は覚えておくようにするんですけど
だいたいその時にはよくわからない。
しばらくすると「ああ、そういうことか…」ってじわじわ理解できることがあります。
履歴書って
氏名・生年月日・住所・学歴・職歴・家族構成・賞罰
特技・自己アピール(私はこういう人間です)みたいな感じだったかな。
それを破れってことかな。
確かにまだらに小さな気づきはいくつかあったし、理屈の上の理解も進んでいるけど
やっぱりまだまだ「自分」にとらわれている。
過去と未来への時間感覚は、そういえば薄くなっているけど
自我は今もはっきりいて、不安を煽る迷惑思考を吹きこんできます。
思考で作られた自分ごと破れってことかね。
そりゃ簡単に破れるもんなら、とっとと破ってますがな。
それとも、前職では、ワタクシ、こーでしたのよ、あーでしたのよ、っていう
プライドみたいなもんに囚われるなってことかしら。
あるいは…
「前世」のような自分でも知らないデータのことかな。
よくよく考えたら前世って魂の職歴みたいなものだもんね。
(前世とか魂あればの話だけど)
前世のことまではちょいとわからないし
今世では箸より重いものを持ちたくないから、前世のカルマなど
背負う気はさらさらなかったけども、それならそれで面白い。
前世のカルマとやらに囚われて身動きとれなくなっている皆さん、
それはただの魂の前職ですからね。
今はジョブ替えして現世にいるわけですから、囚われる必要ないんですよ。
今のジョブに集中してくださいましー。
それにしても今回は「その履歴書を破れ」っていうこのメッセージ
この現世でも履歴書不要ってことはえーと、どういうことだろ、
魂だけになれってことかいな。
よくわからないけど、何となくそうかな?と思い
この頃よく「死んだふり瞑想」しています。
「その履歴書を破れ」
もう少しヒントが欲しいなあ。