人生一番のトラウママンガはなんですか?私は「灰になる少年」です。
トラウマを辞書で引くと「心理的に大きな打撃を与え、その影響がいつまでも残るようなショックや体験。心的外傷。精神的外傷」と書いてある。
※ 大修館書店、明鏡国語辞典MX第二版より引用、ついこないだまでCOCORO BOOKSで、SHARPの端末ならばプレゼントのキャンペーンを実施していた電子辞書アプリ。価格は¥1,222。
昭和の時代、子供の頃にトラウマになりそうなマンガはいっぱいあった。今よりも表現の自由が許されていた(昔と今、どちらがおかしいか…まあ、どちらもおかしいのかもしれないが)。そんな中で夜も眠れなくなった作品は多いだろう。つのだじろう先生や楳図かずお先生に幼少期に触れたら…いや、触れるべき作品群だったと思うけど。
そんな中で、自分の一番のトラウママンガは「灰になる少年」である。
作者のジョージ秋山先生といえば傑作が多く、「ザ・ムーン」や「アシュラ」など有名かつトラウマになりそうな作品も数多い。そんな中で週刊少年ジャンプで10週程の連載だったこの作品は少し地味にも思えるが、個人的に受けたインパクトは非常に大きく、今読んでもキツイ物がある。
※ 以後、ネタバレあり……と、いってもタイトル自体が。
「友達に殺されたクモを可哀想と思うほど優しい少年、潮。やさしくきれいなママと若くして会社経営者だが子煩悩なパパ、幸せに暮らしていた潮だったが、パパを人殺しという怪しい男が近づき、さらにママを狙う妙な事故が続く。パパもなにか怪しい行動をとりだした。そしてついに潮の家のお手伝いさんが首無し死体となる殺人事件が発生する。そんな中、潮はパパの会社が水銀中毒という公害を発生して多くの犠牲者を発生させていたコトを知った…。」
公害事件と殺人事件をベースにしつつ、実は巧妙かつ複数のミスリードを誘う展開である。ママを狙うのは誰か?ママを狙っているのは殺人犯なのか?怪しい男と怪しい行動のパパは?……後の展開を知れば、実にうまいフックを仕込んでいるマンガなのである。
トラウマになった最大の理由と、この作品の巧妙さのたどりつく先は同じである。はっきり言ってしまえば、「この作品には誰も悪人がいない」のだ。潮のパパの公害による扱いのように、結果的に悪人扱いされている人はいるが、悪意を持って犯罪を犯した人間はひとりもいないのである。
「灰になる少年」のタイトルのとおり、最後にやさしい少年の潮は無残な姿となり灰になってしまう。誰かの犯罪でもなく、事故でもなく、誰の悪意もないままに灰になってしまう。
作中の言葉を借りれば、それは「宿命」である……。
公害の恐ろしさ、なにもしていないのに被害を受けた人とその家族。それを宿命なんてとても言えないし、公害発生は悪いコトであるが、それを悪人が行ったと言えるのか?それと潮の宿命とをダブらせることにより、無力感とやるせない思いを抱かせるのが、この作品の悲しさと恐ろしさである。
※ もちろん公害を発生したものに罪はないなんて話ではない。だが、このマンガの中では賠償を誠実に行って責任を認識している潮のパパを悪人とは言えない。「悪人と思う」権利は被害者とその家族だけで、あとの人間は罪の責任が果たされるのを見届けるだけしかない。たとえ一生責任が果たせない事件だとしてもだ。法的な責任以上のものがあるコトを期待して。罪人かもしれないが、悪人ではないのだ。それが人為的ではない事故ならば。
当時、田舎の町営体育館にころがっていたジャンプで最終回を読み、そのやるせなさ、宿命という悲しみと怖さでトラウマになった。このマンガを読むだけで当時の更衣室の匂いまで思い出すほどに。あの体験が自分のマンガ読みへの道を決定づけたのかもしれないとまで思っている。
「心理的に大きな打撃を与え、その影響がいつまでも残る」という上記の引用。だが、その影響は自分にとって素晴らしく価値あるものだったのだ、きっと。せつなく悲しく怖いトラウマではあるが、心に深く残ってほんとうに良かったのだ。
ジョージ秋山先生、ありがとうございました。