【映画】「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」芸術ミステリーは今も現実に潜む。
・はじめに
「ショック・ドゥ・フューチャー」を観に行った時に張ってあったポスターのタイトルだけ見て、どんな話かは調べず、前知識なしで「普通の贋作ミステリー」だと思って劇場に足を運んだこの作品。
ドキュメンタリー的な始まりに(前回記事を書いた)「三大怪獣グルメ」みたいな導入だなーとぼんやり思って観ていたが、ナショナル・ギャラリーが出てきたトコでやっと気づいた。
コレ、ガチのドキュメンタリーだ……。
・あらすじ
「美術商が13万円でオークションで落札したイエス・キリストの肖像画。だが、美術商はレオナルド・ダ・ヴィンチの消えた傑作作品ではないかと思い、修復家に修復を依頼する。
その修復作業の中、当初の修復跡などの状況から、この作品はレオナルド・ダビンチの遺作と言われつつ、行方不明となっている「サルバトール・ムンディ」そのものであると美術商は確信する。
ロンドンのナショナル・ギャラリーの学芸員が「サルバトール・ムンディ」の展示を企画するが、本当にレオナルド・ダ・ヴィンチの作品なのか、レオナルド・ダ・ヴィンチのダ・ヴィンチ工房の誰かの手による作品なのか確証がない。
数か国の著名鑑定家に鑑定した結果、鑑定家の中にレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と推した人物がいたため、ナショナル・ギャラリーはレオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」として展示を実施した。
話題となった「サルバトール・ムンディ」はサザビーズのオークションで100億の値でロシアの富豪の代理人により落札された。だが、代理人は落札価格を誤魔化し、手数料を含め157億円をロシアの富豪に要求するが……。
美術倉庫に塩漬けになっていた「サルバトール・ムンディ」だが、今度は華々しくクリスティーズのオークションに出品されて美術品過去最高額510億円で落札された。落札したのはサウジの皇太子?
そして、ルーブル美術館はダ・ヴィンチ没後500年記念の特別展示に向けて「サルバトール・ムンディ」の展示を企画する。
果たして13万円だった「サルバトール・ムンディ」はレオナルド・ダビンチの作品としてルーブル美術館の特別展示でメインとしてあの作品とともに展示されるのか……。」
・感想
美術品には無知であり、レオナルド・ダ・ヴィンチの凄く高い作品が現れたコトだけは知っていたが、それがこの「サルバトール・ムンディ」であり、その裏でこれだけの逸話が作られていたとは知らなかった。
関係者本人がガンガン出て来る。最初の美術商も、ナショナル・ギャラリーの学芸員も鑑定家も、鑑定結果を扱ったマスコミも、サギと思われる行為をした代理人も。それぞれの立場で「サルバトール・ムンディ」についてを語る。
大半の関係者は自信を持って話すが、数人はどう扱うべきだったかについての迷い表情が出る。間違いではなかったと思いたい口調に思える(字幕上では)。510憶円の価値がついた後だからか?
いや、「本物の美術関係者」にはレオナルド・ダ・ヴィンチの遺作には価格以上の重みがあったハズなのだ、なのだからそれを決める恐ろしさは彼らの人生をも潰しかねないのだ。さらには美術館の尊厳すらも歪めかねない。
映像についてはとてもクリアに描かれて、美術作品のドキュメンタリーとして、真実性を壊さずにアートな絵作りをしている。差し込まれる登場人物とか舞台のフォントも、そのタイミングも美麗だ。
もちろん美術館を主体とする背景も綺麗な美術品である。いや、登場人物の仕事場もまた素晴らしい。
その中で序盤の中心となるナショナル・ギャラリーでは観客の撮り方とその表情で美術品の価値を問う。
ただ、そこで学芸員がレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と掲示すれば、少なくともそこでは観客には基本的にはレオナルド・ダ・ヴィンチの手によるものなのだ。もちろん謎を観に来た客もいたではあろうが、感動の瞳で観る客は多い。
ナショナル・ギャラリーのシーンは影が強い。監督のアントワーヌ・ヴィトキーヌは強く光と影のコントラストを描く人だった。
この映画での「サルバトール・ムンディ」は、大コマーシャル展開をしたクリスティーズのオークションからは明確に「真偽を問われている美しい傑作」から「資産価値としての謎の超話題作」としての扱いとなる。いや、正確には「扱われている」コトを意識した第三者視点で追う形となる。
公式ホームページではクリスティーズ以後の関係者(インタビュイー)の一部の名に「""」が付けられている。後半に出るフランス政府関係の2人とサウジの文化大臣のアドバイザー。偽名扱いなのだろうが、本人がインタビューを受けているのかは判断しかねる。
中でもサウジの文化大臣のアドバイザーについては特に力強く話しているのだが、アリア・アル・セヌーシ王女(リビア王族末裔の王女?)を名乗るこの女性が本物なのかは判断が難しい。
サウジの皇太子が買ったのは本当のようで、その後はサウジの文化庁が持っているとの話があるが現在は確定は「されない」ようであり、サウジ部分からはルーブル美術館の実話部分以外については、この映画として、アントワーヌ・ヴィトキーヌ監督が取材によって得た確証を持って描いた回答なのだろう。
映画内としてはあるマスコミの報道のタイミングのあたりから「サルバトール・ムンディ」をダ・ヴィンチ工房の手による作品として見せる。インタビューからもそれを伝えるようにしている。そして真偽は……。
どちらにしろ、ダ・ヴィンチ工房自体も当然レオナルド・ダ・ヴィンチの作品のひとつなのではあろうが。
「サルバトール・ムンディ」はサザビーズのオークションまではナショナル・ギャラリーが認めた(認めてしまった)絵という価値の価格だった。
クリスティーズのオークションで「広告効果により(真偽を闇にして)資産価値が増幅された」価格に。
さらに現在は「これまでのいわくの価値すら追加された」価格になっているのかもしれない。
この作品で関係者(インタビュイー)として出ている人・出ていない関係者の人生のも削って固められて盛られた価値。
ただ、それを含めて買っていたならば誰かが次に価値を落とすまでは、金額的な価値はそのままなのだ。明確に価値を落とす出来事さえなければ。
そして「サルバトール・ムンディ」は現在、人目のある場所には飾られていない。サウジに作られた「ルーブル・アブダビ」に飾られるという話はあったが、今は行方不明らしい。
この絵に関してはいまだ現在進行形のミステリーなのだ。
その現在進行形のミステリーはさらなる価値を「サルバトール・ムンディ」につけていくのである。
修復は美術作品の保存の上で欠かせないのはわかるが、真偽を量る前に修復を始めてしまった、始めるしかなかったのが問題なのではないか?
絵の価値とはなんなのか。真偽を問わない価値を盛られている場合、それをどう見てよいのか?
オークションは適正な価値を更新する場ではなく、プロモーションで価値を更新する場なのか?
現在でも人を謀る「自称美術作品」がいろんな市場に溢れているではないか。今描かれている絵だって、そのうち「真偽」が危うくなるのではないか?
ドコに闇が隠れているのかはわからない。そして絵を本当に観る力と愛でる心のセンスがなければ値札以外に価値の証明はないのだ。
値札の下になにがあるのか、その極端な一例を魅せる刺激の強いドキュメンタリー映画だった。