月見の『情けない』お姫様
月を見上げるガイコツは、事故に遭って身が溶かされて骨だけになった乙女のさいごのすがた。不老不死という概念とともに生きている為、死ぬことすら叶わなかった人魚のすがた。かつては羨望の目で見られ、仲間内からお姫様とまで呼ばれた美貌の変わり果てたすがた。
今では指をさして笑われる。あのガイコツ、みっともない、醜い。あんなのもう人魚姫ですらない!
ガイコツになった人魚は、魔女に売るものも無いから、なにかの変身を遂げることすら不可能だった。捧げられるものは何もない。
いつしかそう呼ばれだした。
あれは呪われている。
自業自得。
自分のせいでああなった。
自業自得。
あれが悪いからああなった。
自業自得。
あいつが悪いのはあいつのせい。
こんや事故ですら、人魚自身に責任が与えられたのだ。時間が経つにつれ、これは事故で、と弁明することすら疎まれるようになった。
「いつまでそう言っているの? いい加減にして。情けない」
ガイコツは、自己弁護すらも奪われる。ガイコツが醜いせいだろうか。ガイコツが、まだ、生きているからだろうか。
せめて死ねばまだ憐れまれる。かわいそうに、と言ってもらえる。
しかしながら人魚であり、また自分で好きでこうなったわけでもなく、ガイコツ人魚は骨まで溶かして死にに行くことは嫌だった。そうなると海の温度はあがって地獄の窯で煮られるかのようだった。
ガイコツは、ある夜には、海から骨を出して月光をその身に透かすことがある。
それは、遠くの陸地で、国や、ひとやら、地域からが焼き払われているときだ。よく燃えている。かつては、人間たちが戦争をしたり殺し合いをしたり、本当に哀れな生き物たち、そう思っていた。しかしそう思うメスはもういない。
本来のすがた、本来の彼女、すべては骨になった。
月をあばら骨から透かして奇っ怪なシルエットを海に投げ込みながら、ガイコツ人魚姫は、焼かれて骨になる生き物たちのことを思う。
戦争があってよかった。
殺し合いがあってよかった。
かつてなら、絶対に思わぬ思考。しかしそれももう慣れてきてしまった。矛盾と苦痛の波にすら。
ガイコツは、もっと近くで焼け死ぬすがたが見たい、そう思いながら、焼けて滅亡する國をいつまでも見つめていた。
それこそ、月が去って朝が来て、また月が登っても。ずっと。
粘度で貼り付けたみたいに、動かなかった。
悲鳴が聞きたい。もう皆、焼け死んで、悲鳴も出せないものかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなさかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかな。
お姫様としては、まだ壊れきってはいないつもり。だってこうして、本来、昔、好きだったものとは全くちがうものしか好きになれないけれど、
うつくしい
そう感じられる、気持ちは残っているから。
それが罪だとはわかるが、でも、なら、どうすればよいのですか。その答えは誰も知らないくせに。
お姫様はたまに月に話しかけて、月は返事が無いから、安心するのだった。
END.
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