婚家今昔
嫁いだ先は、吹雪の吹き荒れる家だった。姑は婚前に会ったときのすがたがウソだ。夫は、交際期間も、くちも、ウソばかりの極端なマザーコンプレックス男だった。
でも母さんの言うことだからさ、よろしく。
何度聞いたか!! 私は、奴隷として連れてこられたみたいに、新しい家で扱われている。姑の奴隷であって夫の家政婦だった。この家の、新しい使用人だった。
夫の家は名家と聞いた。地元では名が通っていると。なるほどそのとおり。姑はあちこちに出かける。奴隷に、色々と命令してから。夫は、「お前が来てから母さんが元気になったな。嬉しいよ」と私に笑顔で告げた。
うるせぇわ、この悪魔。マザコン。私が奴隷になって下働きしてるんだから、姑に時間ができるこは当たり前だ!!
名家というから。玉の輿だと思った。財産があるというから、ついに私も派遣を止めて、悠々自適なセレブ妻ができると信じた。
すべては幻だった。セレブな家の、専属使用人にして、夫の相手をすることが私の仕事だ。もはや愛想なんて尽きたし嫌悪感までするのに、夜にはたびたび夫は求めてくる。逆らうと夫は不機嫌になる。嫌味と文句とそれでも嫁かと私を責める。私は、ウソつき、嘘つき、嘘男、呪詛みたいに唱えながら抱かれる。姑は、男子も欲しいけど女も可愛いからほしい。よりにもよって食卓でそんなことを言った。夫は「母さんに似てるかな」など言って笑った。
私は、端の席で、箸をみしりといわせて、お愛想笑いに努めた。ああ。ここは監獄か?
時代をまちがえている。この家は。
昭和か? 明治か? 江戸? 価値観が狂っている。
夫はでかけ、姑もでかけ、家には介護の男がひとり。面倒を見ながら、私は、自分の蒸発先なんて考える。蒸発しようか。逃げようか。もうこんな場所を捨てて、駆け込み寺にでも向かおうか。令和に奴隷なんてやってられない。昔の友達のインスタなんて、とてもじゃないが、見られない。
玄関の戸が開く音。姑が帰ってきた。お茶と茶菓子の準備。
ああ、ああ、逃げられない。責任感なのかわらかないけれど、義務をかんじてどうしようもない。逃げられない。
私も、産まれる時代を間違えていたのか。
明治か、江戸か。そんな女だったのか。夫との恋人期間だけは令和で平成だった。
夫は、私から薫る明治とか江戸時代の臭さに気づき、あんなに熱心に私を口説いたのか。
わからない。
堕ちるところに落ちたのか、ここが本来あるべき居場所だったのか。それともこれがDV被害の心理なのか。
わからない。
迷路の出口も、わからない。
END.