うら病む女子は図書室に行けない。
羨ましい、と思ってしまった。
すぐ、自分の情けなさを恥じた。己の不甲斐なさを責めた。あたしの不出来を嘆いた。
それから、どうして、ウチの家って皆とちがうんだろう。テレビと違うんだろう。映画やアニメとぜんぜん違うんだろう、って。
答えはひとつ。
親が、金持ちじゃないから。
父さんも母さんも働かないから。
家のなかでもそうだから、私はウチではお母さんだし長女だし末っ子だし姉だし兄だし父親だし、皆してそのとき都合がいい役目を、求めてくる。
最初はこんなじゃなかった。確か、寝ている母さんのため、喜んでほしくて、スマホは通信料がかかるから(なんでみんな、あんなにスマホを使い放題にできるんだろう? ほんとうに不思議。みんな、億万長者なの? 恥ずかしくて誰にも聞けないけどね)パッケージの裏をいっしょうけんめいに読んだ。
パンケーキはきつね色に焼けた。母さんが、匂いで起きてきて、ほんとうに嬉しそうに笑った。ようやっと、記憶に残るいちばん古くて最新の褒められた記憶。
「えらいね。すごいよ。アンタ、天才だよ! 助かるわぁ。なんだアンタけっこうやれるんじゃないのお。将来、絶対イイ男捕まえられるよ。うちと違ってさあー、へぇー! 凄いんだねー、ララはぁ」
パンケーキを食べて、美味しい、と母さんがつぶやいた。そのとき、瞳が妙に冷ややかで、その違和感は今も私にこびりつく。
今では、私は家族の役割はそうだし、使用人や家政婦やアルバイトや臨時ピッチャーみたいに駆り出されている。まいにち。毎日が出勤日だ。学校が終わったら、スーパーにいかなくちゃ。3千円で3日分の食材、どれなかまかなえるか、考えなくちゃ。
少し、ぼーっとしてたみたいだ。誕生日プレゼントと言って最新のiPhoneを手にしている友達は、そのiPhoneでかわいいスマホケースを探していた。
いいな、私、あんどろいど? だからかな、ケースなんてないよ。剥き出しのボロボロに塗装ハゲしたスマホを手に、私は笑った。それっきり、ぼーっとしてしまった。
「ねえ」
「え?」
あの、妙に冷ややかな瞳がまっている気がして、皮膚が粟立った。すくんで足が震えた。
けれど、友達は、かわいそうな生き物を遠目に眺めてるみたいな、遠巻きに顔色をしかめさせてるような、暖かさとは違う、でも似ている、温(ぬる)さのある瞳をしていた。その発音はアクセントが奇妙で、聞きようによっては、私を小馬鹿にしていた。バカだね、ってなんだか言われてる。
「アンタさ、カレシでもできたら蒸発しちゃったら? 駆け落ち? 今どきどうかと思うけどアンタんちってそんな時代に生きてるじゃん。別にイイでしょ、そしなよ」
「え。でも、ウチは」
「人魚姫の話って読んだことある? 美談じゃん、あの変な話。だからいーんじゃない? アンタ一人が消えようと消えまいと、アンタんち、変わんないよ」
「ごめん、ちょっと。ちょっと意味がわかんない……」
「そっか。ま、連絡、ほら? 昔話みたいに? 手紙でも出してよ。あの紙に書いて封筒に入れるやつ。そんときがきて、アンタにその気があったらでいいよ」
「う、うん? ……わかった」
友達は、スマホケースを検索する、楽しい時間に戻った。かわー、とか、どうしよっかなとか、言う。
私は、奇妙なぬるさを胸に浴びて、何かが溶けて壊れるみたいに、めまいがした。
めまいがした。
めまいがした。
(あ、これ、母さんの目と、いっしょ。ずっと残るヤツだ、生きてるかぎり、ずっと、ずっと残る、記憶だ)
うすぼんやり、理解する。人魚姫の話? 読んだことない。知らない。アリエルとかあっちの人魚姫なら知ってるけど。
私は、不十分なのかな?
こんなに、頑張っているのに?
人魚姫の話、知らないと、ダメな場面だったのかな。思考がぐるぐるしてめまいがしてめまいめまいめまいめまい。
保健室に、行きたくなった。ベッドに。
もしくはトイレの個室。
どこか、何処か、へ。
ほんとうは、図書室に行って、人魚姫の絵本を開くのが正解なのだろうけど。冷ややかな瞳とぬるい瞳が私のなかで衝突して、私は、めまいが止まらない。
どうして?
お金持ちじゃ、ないから、かな。
END.
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