知らずの長寿
人魚たちの住む海辺は、世界に数か所だけある。たとえば島国日本の沖縄である。
人魚たちはサンゴ礁を楽しんで回遊する。魚たちと戯れてわらう。吐息を吐く。死なずの永遠の乙女である人魚には、不老不死という惑星唯一の特性がある。彼女たちがそこで息をして生きている、それだけで、いうならば『出汁』が出ているのだった。
不老不死のスープ。
永遠の破片。
悠久のしっぽの先っぽ。
沖縄の人々は海産物をもちろんたくさん食べるから、人魚たちの出汁を知らず知らずたくさん食べるから、だから健康長寿が保たれている。世界で誰も知らない、沖縄のひとびとも人魚たちも魚も誰もが知らない、長寿の理由であった。この世界には、理由なき結果などひとつもなし、なので、ある。
ところが、近年、沖縄の長寿は失われつつあるという。車を使うようになり、歩く回数が減ったからだと学者は分析した。
サンゴ礁は、白くなり、朽ちていきつつあった。カラフルな楽園が失われつつあった。
美しいもの好きの乙女たちが、一匹、また一匹と棲家を変えようと移動、移住しようとしている。
それもまた、誰も知ることができない、因果をまたひとつ、遺していくだろう。
沖縄の世界一の長寿記録は、崩れつつある。
事実だけ、いつも遺されるものだ。
END.
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