クリームな彼女と生談合(コメディ)

生クリームはどろんと溶けて最後はつゆになる。汁になる。でろでろに。

それ、消えると表現するのは、卑怯ではありませんか?

比喩なのかも知れない。消える、と言う。存在しなくなったものを消えると言う、まちがいはなし。正しい。
ただ、なら、『人魚姫は泡になって消えました』、これの前文が、矛盾が発生してしまうのだ!!

泡になって!!
泡をぶくぶく吐き出しながら、生クリームはでろでろに溶けるものだろうか? それってアリだろうか?
翻訳がいい加減にすぎないか?
泡になって? 泡になって? 消える!?

「シェフー。いいかげんにまとめましょうよ。誕生日ケーキ、間に合わなくなっちゃいますよ」

「いいや、駄目だ。人魚姫が好きな女の子なんだぞ。人魚姫をきっちり再現してやらないと。生クリームと人魚姫。生クリームの人魚姫はどうやって食われるべきだ!?」

「シェフ〜〜。だぁれも、気にしませんッて、そんなこと……」

「私が気になるんだよ」

歯ぎしりして、特注ケーキ専門店パティシエ・ミラーのオーナーシェフはこれまでの作品ノートをめくる。
数々のひかりかがやくケーキたち。写真を貼ってまとめてある。今回のケーキは、このスクラップに加える作品になるから、なにせ1000個目の記念ケーキであるから、ぜったいに妥協はできなかった。

おのれ、おのれ、シェフは怨嗟をあげた。アンデルセンめ! てきとうに書いてないか!?

「シェフ〜〜。徹夜とかマジやなんスけど〜〜?」

「うるさいな。帰っていいぞ」

「帰れるんなら帰ってます。帰りたくないから残ってんじゃないですか」

「なら黙って付き合え!!」

「あ゛〜〜……」

弟子シェフが天井をあおぎ、空を見透かしながら嘆く。しかし弟子も同類。シェフの同類。
やがて、アンデルセンめ、と、弟子シェフも呟いた。

「……場面を変えては? 魔法で人間にしてもらった人魚姫。そのシーンにする。ユメがあって子どもウケしそっス」

「その手か。……だが、人魚姫と言えば、最後の死に方だろう」

「だから、死んぢゃまずいでは? ッて話スよ。誕生日ケーキなんだから」

「…………」
「…………」

憑き物が落ちたかおで、シェフがふりかえった。シェフは真顔でうなずいた。
「それはそう、だな」
「ッスよ!」

「……しかし人魚姫の死を生クリームでいかに表現するかは議題だな。課題ケーキにするぞ。あとは任せた」

ええー!! 弟子シェフの悲鳴は、最後に、こだました。弟子は頬を両手で抱えた。

「これ以上の徹夜は美容に悪いよ〜〜。ヤダもう、またニキビができる!!」

深夜のとあるパティスリーでの談合である。


END.

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