ディストピアの希望ーー人間六度『推しはまだ生きているか』集英社
2021年『スター・シェイカー』でハヤカワSFコンテストの大賞を受賞した人間六度の短編集。初出はすべて「小説すばる」。
「サステナート314」
世代間宇宙船の話。地球から遠く離れた星へ植民しようとすると、どうしても時間がかかる。そこで、宇宙船内に自給自足できる閉じられた環境を作り、宇宙船内で暮らし世代交代しながら移民する(という発想がある)。あらゆるもの(死んでしまった人も含めて)循環する究極の「持続可能な世界」サステナート314が舞台。移民を決断した第一世代ならまだしも、生まれた時から、そしておそらく死ぬまで宇宙船の中で暮らさなければならない後の世代にとって、完全密封されたこの「持続可能な世界」は地獄ではないか? この世界からの出口を求めて自殺した友達の遺体を、なんとか宇宙船の外に出せないかと「私」は「出口」を探す。
「推しはまだ生きているか」
地球環境の汚染により、地表では文明生活が営めなくなった時代。地下シェルターで暮らす「私」は、「推し」の配信者・節目おわたのライブ配信を楽しみに日々を過ごす。ところが、決まった時間に始まる配信が、この日はいつになってもはじまらない。世界の終わりがついに推しのところにも来てしまったののか。推しへの愛でデコレーションした「痛防護服」を身にまとい、シェルターのハッチを開けて、地上世界に出てきた「私」は、偶然にも同じ推し(同担)をもつ少女と出会う。
「完全努力主義社会」
異星生物の襲来により危機に瀕したギガントフィジーク。導入したのが「努力主義」だった。人は生まれた直後に遺伝子検査を受け、人工知能によってその人間の社会貢献可能性が算出される。実際の社会貢献と、その人間の期待値とのひらきで、所得が計算される。何を成し遂げたか、という絶対的な評価ではなく、その人間にとっての期待値に答えられる努力をしたかどうか、という個人化された評価である。75段階評価で、期待値1の人間と期待値75の人間の交流が描かれる。期待値1のノアは生まれつき弱い体に力を入れて階段を登る努力を、期待値75のメルトは決戦兵器を操り人類の存亡をかけて異星生物と戦闘をする。
「君のための淘汰」
寄生獣+婚活マッチングアプリ。岩明均の『寄生獣』は、なぜ寄生生物がやってきて人間に寄生したのか、寄生するわりになぜ繁殖しないのか(できないのか?)は、語られることはなかった。が、本作では『寄生獣』的な寄生生物(キスマークに似ているんでキスマという名前がつけられる)がマッチングアプリを使い婚活中の女性に寄生したことで、生物の繁殖がフォーカスされる。
「福祉兵器309」
人が年をとると「老骸」とうバケモノに変身してしまう惑星。この惑星では人工動力物質《奥豊(オーブ)》が人々の命の源になる。老骸は人を喰らい、《奥豊》も食べるので、《奥豊》を再分配するために老骸を討伐する福祉兵器なる存在がいる。主人公は福祉兵器309。彼は老骸を退治した後に、この世界に生まれてきたことを憎み、自ら死ぬ場所を探す少女と出会う。彼女は「温もりの門」と呼ばれる「一切の苦痛なく人生を終えられる」場所を探していた。
通して読むと、生命力に満ちた物語を堪能できる。舞台設定はディストピアと呼んで良いものも多い。世代間宇宙船は「小さな地球」の話でもある。限られた資源を少しずつでも使っていくことは、人類の寿命を縮めていくことでもある。だとしても、どんな命にも生命の力は宿るのであるという当たり前の事実を感じさせる力強い物語がここにある。