発話者との「コミュニケーション」を促す革新的リスニング練習――北村一真『英語の読み方 リスニング篇』中公新書
個人的な話をすれば、リスニングは苦手である。同じインプットであるリーディングに比べて。(リーディングがスーパー得意なのか、というのはおいておいて。)私がリスニングが苦手な理由はいくつかある。➀発音、➁速さ、➂その場のやり取り(広義の文脈)、の3つに対応できないからだ。本書、北村一真『英語の読み方 リスニング篇』は、英文読解・解釈で何冊もの良書を出している研究者による、リスニング強化本で、私の苦手克服の助けとなるものだ。(私が英語の勉強に使う日本語の本は、たいていが北村氏によるものだ…。)
本書の特徴は「英語の読み方」とあるように、読解訓練を通じてリスニング力の向上につなげることにある。これは、本書ならではだし、読めばわかるが、おかしなことをいっているわけではない。だいたい、リスニングができない、という場合、スクリプトを読んでみても内容が分からないことも多く、リスニング以前にリーディングができていないことも多い。リスニング並みのスピードでリーディングができることが、リスニングができるための前提条件である。
その上で私の苦手➀発音については「第2章」で解説している。発音も「音声として認識できない」のか「スピードに追いつけない」のか、さらに腑分けする必要がある。「聞き取れない」というざっくりとした現状把握では、具体的な対策を出しにくい。ここでも重要となってくるのは、「スピードに追いつく」ことで、これは私の苦手➁速さ、のことである。
聞き取るスピードをあげるにはどうしたらよいのか? 極端なことをいうと、「聞き取っていない」のだろう。じゃあ何をしているかというと、「予測している」のだ。母語である日本語を使っていても、「こういう言い回しをしていれば、こう続くだろう」という予測を史ながら、相手の話を聞いていることもあるだろう。また、会話をしていて、話すことを考える時間や相槌などは、いちいち文法的に理解などせず、定型表現としてそのまま受け取っているだろう。このように、予測したり定型表現を使ったりすることで、私たちは相手の発言のすべてを一音一句聞き取って、理解しているわけではない。母語では自然にできていることが、外国語だと自然にはできないのが、外国語の外国語たる所以だろう。
※余談になるが、以前、英語のSF作家のインタビューを英語音声から日本語に訳す仕事をしたことがある。インタビューで何度聞いても聞き取れない箇所があったので、バイリンガルの友人に問題の箇所を聞いてもらったところ、「何も言ってないよ」と言われて衝撃を受けた。つまり、日本語で言うと「ええと」「あの」「あー」といったような、言葉の言い淀みだったようで、英語の母語話者ではない私は、その音声を「何か意味のある単語を言っているはずだ、聞き取れないのは私の英語力がないせいだ」と思い込み、悩んでいたようなのだ…。何もないところに幽霊を見つける心霊写真みたいなものか。
そして本書の白眉は、第6章の「アドリブ力を高める」ではないか。会話やスピーチで見られるが、➀主語が長くなってしまったときに言い直す、➁最初に使おうと思っていた構文を使うのをやめて別の表現に変える、という例が紹介されている。文法的には???と思えるものでも、実際のやりとりでは見られる。応用的な表現だが、市販の他のリスニング本ではあまり見られない。同様の表現を筆者は『英文解体新書』でも解説している。私はリスニングの練習としてBig Thinkを良く見るのだが、この間見ていたら➀主語の言い換え、は出てきていた。言い換えが言い換えとわかったのは、本書を読んでいたからである。
会話の展開を予測したり、あるいはアドリブで対応したりする力というのは、つまるところ音声の主(発話者)と、聞き手がコミュニケーションをすることだ。本書は、リスニングの力を高めるため聞く練習を促すのだが、それ以上に、相手の意図を予測する(想像する)ことを促す。リスニングを含めた広義のコミュニケーションの練習となっている。
本書は、いままでの北村氏の本と同様に、英文、語註、解説、全訳、出典がそろっている。音声はウェブからで丁寧にもQRコードがついている。オススメの取り組み方は、ディクテーション→英文チェック→全訳を作る→訳文チェック、である。時間はかかるが、これをやると「音声の弱点が分かる」「そもそもリーディングができているのか」のチェックができる。筆者は、素材を導入するときに「次の音声は~が特徴である」と言ってくれるのだが、そういう注意があったにも関わらず、肝心のその特徴を聞き取れない(気付かない)こともあり、まだまだ修行が足りないのだと、思った次第。
筆者は猛烈なスピードで本を出していて、つい先日、新刊も出た様子。
『名文で学ぶ英語の読み方』SB新書