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名言と間違えて「ペペロンチーノ!」とドヤ顔で言ってしまった人の話

少し早いですが、仕事納めをして年末年始休みに突入しました。

私は長期休みになると何か1つ課題を決めて、勉強したり製作したりしています。

今まで取り組んできたものとしては、

・自動車の画像から自動車のメーカーを判別するAIの製作
・ファイナンシャルプランナーの勉強(資格ではなく知識習得)
・プログラミングによるドローンの操作
・苔テラリウムの製作
・生成AIに関する試験の勉強
・アボカドの育成(毎年越冬できません。。。)
・自然言語処理の勉強
・ラテン語の勉強

と、理系文系問わずその時興味のあるものを長期休暇を有効利用して取り組みます。


そしてこの物語は、ラテン語の勉強をした後に起きた出来事を書き記したものになります。



ラテン語の習得を試みる

 時々英語っぽいけど英語ではない何かの文字列を見かけることってありませんか?

p.m.6:00
etc.
AD2024
BC100
P.S.
Q.E.D

こういう文字列って大抵はラテン語が起源であったり、ラテン語に由来するものだったりします。

また、偉人の名言についても中世ではラテン語が好まれて使われていたようです。

「我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」/ルネ・デカルト
「知は力なり(スキエンティア・エスト・ポテンティア)」/フランシス・ベーコン
「メメント・モリ」/?
「学べ、さもなくば去れ(ディスケ・アウト・ディスケーデ)」/ロチェスターキングスクール

短い言葉ですが、なんだかカッコいいですね。


こういった具合に、「ラテン語カッコいい!」、「世の中のラテン語が起源の言葉を知りたい!」というようなモチベーションが高まり、ついにラテン語を勉強してみる運びとなりました。

なるべく優しそうな参考書を探した結果、この本を選らびました。


早速心が折れる

 長期休みに入り、参考書を手元に早速勉強を始めます。

第一章:発音
ラテン語でのアルファベットの読み方はこんな感じです。

A:アー
B:ベー
C:ケー
D:デー
・・・

まあ何とか発音くらいだったら。。。というところで第一章はやり切りました。

第二章:語形変化
ラテン語は英語よりも語形変化が多い、という噂は聞いていましたが、本当でした。

ラテン語の単語は大まかに「語根」+「接辞」+「語尾」で構成されています。

「語根」:概念を表すもの
「接辞」:語彙的に意味を表すもの
「語尾」:活用を表すもの


ここまでは理解できました。
しかし、、、

やはり変化が多すぎる!


私の心が折れた例は「regina(女王)」でした。

regina:女王は
reginae:女王の
reginae:女王に
reginam:女王を
regina:女王から

reginae:女王たちは
reginarum:女王たちの
reginis:女王たちに
reginas:女王たちを
reginis:女王たちから

同じ綴りのものがありますが、誤字ではないです。文脈で変わります。

こんなの到底覚えられない。。。

ということで、私のラテン語チャレンジは早くも第2章で幕を閉じます。

おおよそ60ページ。本全体の20%くらいの進捗率です。
3日間くらいを費やしたので、まさに三日坊主といったところでしょうか。


ラテン語の名言を使ってみたい

 習得自体を諦めたとは言え、ラテン語の言葉を知っておいて損はないはず。

そう思った私はラテン語の名言をいろいろ調べます。

そして出会いました。心が痺れる名言に。

『賽は投げられた』

昔から聞いたことはありましたが、改めてこれがラテン語の名言と言われるとカッコよさ倍増です。

カエサルという古代ローマの偉人が言った言葉らしいです。良く聞きますよね。
意味は説明するまでもなく、『物事は既に始まってしまったので、もう後戻りはできない。運命に身を任せるしかない』といったような意味です。

日常使いする場面は想像できませんが、なんとか使ってみたい。しかもラテン語で。

私はこの言葉を使う機会を待ち望みました。


遂に使う機会が訪れる

無常にも時は流れ半年以上経ったある日、ついにその機会はやってきました。

それは妻との会話の中、恐らく時事ネタについて話している時だったと思います。
残念ながら文脈は忘れてしまいましたが、何かの事柄が既に取り返しのつかないことになっていたというような話の流れでした。

「使うなら今しかない!」そう思った私は、温めてきたラテン語の名言を披露することにします。


私「まぁそれはもうどうしようもないよね。
     『アーリオ・オーリオ』だよ。」(ドヤ顔)






妻「え? イタリアのパスタのこと?」

私「え? 賽は投げられたって意味だよ?」


おや?なぜここでパスタの話が出てくる。。。?


妻「あ、そうなんだね。てっきりイタリアのパスタのアーリオ・オーリオかと思ったよ。」

私「へ、へぇ。パスタにアーリオ・オーリオってやつがあるんだね。
『賽は投げられた』からとったのかな?お洒落な名前のパスタだね」


なんてお洒落な名前のパスタなんでしょう。イタリア人のセンスは素晴らしい。
一体、どんな料理か調べてみることにします。

アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ: Aglio, olio e peperoncino)は、イタリア料理の一種。日本ではパスタ料理として、ペペロンチーノの略称で広く知られている。 イタリア語で、アーリオ(aglio)はニンニク、オーリオ(olio)は(特にオリーブ・オイル)、ペペロンチーノ(peperoncino)は唐辛子を意味する。また、イタリア語の「e」は接続詞で、日本語の「と」、英語の「and」と同義であり、「Pasta aglio, olio e peperoncino」は「ニンニクとオリーブオイルと唐辛子のパスタ」となる[1]

wikipediaより引用

ほうほう。イタリア語でアーリオ=ニンニク,オーリオ=オイル(油)なんですね。



ん?

いくらラテン語からイタリア語が派生したかといって、カエサルの名言がニンニクとオイルになることなんてあるのでしょうか。

アーリオが「賽」、オーリオが「投げる」という類の意味じゃないと納得いきません。

私は『賽は投げられた』のラテン語を改めて調べてみることにします。

は投げられた(さいはなげられた)」(古典ラテン語:ālea iacta est、jactaとも、アーレア・ヤクタ・エスト)とは、ガイウス・ユリウス・カエサル紀元前49年1月10日[1]元老院グナエウス・ポンペイウスに背き軍を率いて南下し北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとして知られる言葉。当時のカエサルはガリア総督だった。出典はスエトニウスの文章 (iacta alea est[2]) である。現在は、「もう回帰不能点を越してしまったので、最後までやるしかない」という意味で使われている。

共和政ローマは当時、本土と属州ガリア・キサルピナをルビコン川で分けており、それ故にルビコン川は北の防衛線であったため、軍団を率いてルビコン川以南へ向かうことは法により禁じられていた。これに背くことはローマに対する反逆とみなされた。

wikipediaより引用

!?

なんと『賽は投げられた』は「アーレア・ヤクタ・エスト(ヤクタ・エスト・アーレア)」でした。


覚えたはずの「アーレア・ヤクタ・エスト」が、いつの間にか「アーリオ・オーリオ」に代わってしまっていたのです。

一体いつ?そもそもアーリオ・オーリオなんて料理は知らなかったはず。どこかで目にした情報がいつの間にか取り込まれていた?

などといろいろ逡巡しましたが、それよりも少し遅れてやってきた恥ずかしさに私はしばらく悶えることになります。

どうやらアーリオ・オーリオというのは日本で言うペペロンチーノらしいです。

私はカッコつけて『賽は投げられた』と言ったつもりが、「ペペロンチーノ」と言っていたのです。

穴があったら入りたい。


しかし、家庭内の会話で幸いでした。
これが会社の会議の場であったらもう目も当てられません。

~~~
立ち上げたばかりのプロジェクトがうまく行っていない。

会議はお通夜ムード。

しかし落ち込んでばかりもいられない。

みんなには、もう始まったからにはやり切るしかないと鼓舞するしかない。

「アーリオ・オーリオ!(ペペロンチーノ!)
 どうにか頑張ろう!」

~~~


うーん。

会議でいきなり「ペペロンチーノ」と言い出す人がいたら気でも触れたのかと思ってしまいますね。

危なかった。


おわりに

カッコつけて名言をラテン語で引用するべきではないと学んだ35歳の秋でした。


Finis(おわり)

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