わたくしを一生明るくするために
10年に一度と言われる最強寒波の到来で、鬱気を帯びた曇り空が続いている。
灰色の薄暗い雲から白い雪がこんこん降りて来る情景は、宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出す。
この詩を読むたび「人が人を思いやる力」、そしてそれを受け止める器量と寛容性が自分に在るか、自問自答してしまう。
肺炎により危篤状態の賢治の妹とし子。
死ぬ間際に「あめゆじゅ とてちて けんじゃ(雨雪を取ってきてほしい 賢治)」と頼む。
その理由を「わたくしを いっしゃう あかるく するために」と賢治は受け取る。
この詩を知ったのは小学校高学年だったか。
「私を一生明るくするために頼んだ」 意味がわからなかった。
「頼まれごとをきいてあげたら嬉しくて明るくなるのはとし子じゃないの?どうして賢治が明るくなるの??」
そう思った当時の私は、想像力を働かせて相手の心情を推し量る器量も経験も乏しかったのだ。
思いやりは時として相手に伝わらない。
自分にとっては思いやりのつもりでも、受け取り手側からするとただの有難迷惑であったり、親切の押し付け、エゴのように捉えられる。
相手との関係性もさることながら、相手のことをどれだけ理解しているか、相手の立場に立って想像することが不可欠になる。
最近聞いた友人の話に思うことがあった。
付き合い始めて数か月、日曜日しか休みの無い彼氏と会うのはいつも遅めの時間。
そうすることで彼女の中では彼のプライベートの時間を作っていたという。
彼女はゆっくり支度をし、夕方から彼氏に会うことで満足していた。
しかし彼は完全な朝型生活で、遅い時間に会って遅い時間に帰宅することに負担を感じ、どんどん遅くなっていく待ち合わせ時間に自分のペースを崩され不満を感じていた。
彼女は「彼氏のためを思い時間帯を考慮していた」と主張し口論になり、結果的に会う頻度を減らすことで終話した。
この結果に彼女は満足していないと言う。
「なんだかなぁ…」と阿藤快ばりに思った。
これは完全に彼氏のことを理解していないまま、「相手のため」と譲らないエゴの押し付けになっている。
彼氏は彼氏で彼女の思いを「思いやり」とは受け取らず「重い槍」のように感じている。
「永訣の朝」の詩のどこが素晴らしいかというと、とし子は今生の別れの瀬戸際に賢治のことを思いやり、賢治がその想いをとし子の思いやりとして受け取ったことにある。
とし子は賢治のことを理解しており、自分が亡くなった後に賢治が「妹のために何もしてあげられなかった」と悔やむであろうと想像した。
だからこそ、自分に出来ることは何かを考え、喋るのもきつい中、賢治に最後のお願いをしたのだ。
賢治は賢治でとし子はそういう女性であることを理解していた。
とし子の願いはとし子の願いでありながら、本当は賢治自身のための願いであることを悟った。
自分が辛い状態の時に相手のことを考える余地はあるだろうか?
とし子は最期にこんな言葉も遺している。
人間誰もが自分のことばかりで悩み苦しんでいる。
「わたくしをいっしょうあかるくするため」には、自分のことだけでなく、他人のことを考える行為そのものが、結果的に自分のことで苦しまずに済む唯一の方法なのかもしれない。
先般の悩み相談をしてきた彼女に聞いてみた。
「彼のどういうとこが好きなの?」
「初詣に行った時にね、私は彼と自分の幸せを祈ったんだけど、彼に何をお祈りしたか聞いたら『戦争中の国に、早く平和が訪れますように』って言ったの。そういうとこ!」
なるほど。
喧嘩の理由も、すれ違いの意味も、妙に納得をしてしまったのだった。
あの時は理解出来なかった詩も、今は深く胸に刺さる。
私もすこしは明るくなれたのだろうか。
晴れてきた空を見上げ冷たい空気を吸い、彼女たちの幸福を願った。
🍀あとがき🍀
「10年に一度の最強寒波」に対してこんなツイートをしたら見事に滑った。
寒い上に滑るとは危険すぎる。
センシティブ認定に「自重しろ」と言われたような気分になった…🍂❄️
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エバ@エグくて優しいエッセイスト🖋
📷https://www.instagram.com/kurione1223/
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