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三千世界への旅 魔術/創造/変革15 ユダヤ人の「魔術」7
ユダヤ人の「神」の原型
カレン・アームストロングによると、初期のヤハウェ、ヘブライ人の「神」は、アブラハムの前に「エル」という人間の姿で現れたりしていると言います。抽象的な神と異なり、初期のヘブライ人の神は多神教の神のように人間的だったとのこと。ヘブライ人は自分たちの神ヤハウェと親密でしたが、マルドゥクやバアルなど他の土地の神々の存在も信じていただろうと言います。
「実際、これらの初期のヘブライ人たちのことを、カナンの、彼らの隣人たちの宗教的信念の多くを分かち持っていた異教徒と呼ぶほうが、より正確であろう。彼らは間違いなく、マルドゥクやバアルやアナトなどの神々の存在を信じていたであろう。」(『神の歴史』P.32)
ヤハウェもこの初期の時代には、ヘブライ人が他の神々を信じていても別にとがめたりしなかったようです。ヤハウェの態度が変わるのは、ダビデやソロモン系のイスラエル・ユダ王国の時代以降です。
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自分以外の崇拝を禁じる神
たとえばヤハウェはイスラエル王国の貴族のひとりイザヤの前に突然現れ、イスラエルの王と民が神殿で間違った儀式を行っていると非難します。
牛は飼い主を知り
ろばは主人の飼い葉桶をしっている。
しかし、イスラエルは何も知らず
わが民は何も理解しない。
(『神の歴史』P.69 イザヤ書1:3)
ヤハウェはイスラエル人が神殿で動物の犠牲を焼く儀式に対する嫌悪を伝えます。
もともとヘブライ人は古来この儀式を行ってきたし、ヤハウェもそれを喜んでいたはずなのですが、このとき突然激しく拒絶し、自分が喜ばない儀式を行っているとイスラエル人を非難するのです。
さらに「イスラエルはアッシリアによって滅ぼされる。これはお前たちの過ちを罰するためである」とさえ言います。
一体何があったんでしょう?
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政治的不安定と信仰の揺らぎ
『神の歴史』によると、その頃北イスラエル王国は10年間で5回も王が替わる不安定な状態にあったようです。しかも隣国アッシリアは北イスラエル王国を征服しようと狙っていました。
すでに書いたように、これはまもなく現実となり、北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされてしまいます。
もうひとつの問題は、この時期、アハズという王が異教の神々の礼拝を推奨し、異教信仰が国に広がっていたことです。
「創世記」や「出エジプト記」の時代の神はヘブライ人の守り神であり、ヘブライ人が他の多神教の神の存在を信じていたとしても、ヤハウェと同等の神として信仰することありませんでした。
彼らが危機に陥ったとき、指導者の前に現れて命令を与え、行動を助けたのはヤハウェであって、マルドゥクやバアルではありませんでした。その意味でヤハウェはヘブライ人にとって特別な、唯一無二の神でした。
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国家経営による堕落
しかし、イスラエル王国が建設されてから、神とヘブライ人の関係は徐々に変わっていきました。彼らはもう土地の外縁を移動しながら家畜を育てていた移住する民、よそ者ではなく、自分たちの国家を建設し、都市や農地を支配する民族になったのです。
他の地域との交易・交流で、他の神々に接する機会が増えたでしょう。他の多神教の地域・都市と同じ様に、イスラエルには様々な部族・民族がやってきて、様々な神々を拝んだかもしれませんし、異教徒が神殿を建て、神官が駐留するようになったかもしれかもしれません。
それだけでなく、イスラエル王国末期の王アハズは、ヤハウェと並んで他の神々を礼拝するよう勧めだしました。この王はアッシリアの圧力や国内の政情不安から、ヤハウェだけに頼っていられないと考えたのかもしれません。
イザヤに現れたヤハウェは、おそらくこのことをイスラエル人の裏切りとして咎めたのでしょう。このときヤハウェはヘブライ人が古くから行ってきた動物の犠牲を焼く儀式の拒絶したのですが、その意図は「異教の神々に対しても行われているような儀式はもうやるな」ということだったのかもしれません。
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神による異教の禁止
ヤハウェが求めたのはこれだけではありません。もっと高次元の倫理的な改革を求めたようです。ヤハウェは次のように語ります。
おまえたちが、どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。
おまえたちの血にまみれた牛を
洗って、清くせよ。
悪い行いをわたしの目の前から取り除け。
裁きをどこまでも実行して
搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り
やもめたちの訴えを弁護せよ。
(『神の歴史』P.69-70 イザヤ書15-17)
ここでヤハウェは古い多神教との訣別をイスラエルに要求しています。その要求は倫理的であり社会的です。倫理的な戒律は、まだ彼らが国を持たず放浪する民だったモーセの時代に与えられましたが、「国家を建設・運営するようになった今、重要なのはそれを社会的な施策として国に広げることだ」と神は言っているわけです。
つまりヤハウェは民から生け贄を捧げられて喜び、民の祈りを受け入れて願いを叶えてやったりする古代の神、多神教の神から脱却し、社会倫理の象徴的存在になったのです。
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「預言者」の誕生
ヤハウェの声を聞く人間も、単なる部族のリーダーではなく、あるべき倫理を考え、探求し、その実行を主導していく存在、預言者になっていきます。
預言者はイザヤの前にもいたとされますが、ノアやアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ダビデ、ソロモンなど、それまでの主要人物は、ヘブライ人のリーダーであって、いわゆる預言者、神の声を聞き、王に伝える専門職としての預言者ではありません。
北イスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされた後、今度は南ユダ王国に新興国新バビロニアの脅威が迫ってきました。ユダ侵攻をちらつかせて脅しをかけてくる新バビロニアに対し、ユダ王国はエジプトとの同盟関係を頼りに高慢な態度で応じました。
このときユダ王国には王室お抱えの預言者たちがいましたが、ヤハウェは地方の祭司の息子エレミヤのもとに現れ、「王も王宮の預言者たちも誤った考えに取り憑かれているから、お前が王宮に行ってその考えを正せ」と命じます。エレミヤはびっくりして尻込みしますが、ヤハウェにしつこく言われて結局、王宮に行って神の言葉を伝えました。
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預言者エレミヤ
エレミヤはただの地方祭司の息子ですから、当然彼の言葉は王や高官たちに受け入れられず、偽りの預言をする者として処刑されかけます。しかし、その後もヤハウェは繰り返しエレミヤに語りかけ、エレミヤはそれを神の言葉として王に訴え続けました。そして次第に王から信頼されるようになっていったといいます。
どうして処刑されかけたような犯罪者が、その後も王とコンタクトを取ることができたのか不思議ですが、そういうストーリーのリアリティみたいなことはさておいて、一応伝わっている物語をベースに考えると、北イスラエル王国滅亡のときと同様、外敵侵攻の危機が迫っていたし、王宮も混乱し、自信を失っていたので、王室お抱えのオフィシャルな預言者たちの言うことが信用できなくなり、エレミヤが伝える預言つまり神の言葉に、耳を傾けるようになっていったということなのかもしれません。
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嘆き悔いるユダヤ教徒の誕生
旧約聖書の「エレミヤ書」に延々と出てくる神の言葉は、ユダ王国とユダヤ人に対する怒りと咎めの言葉に満ちています。異教の神を拝んだこと、異教徒と性的関係を持つ者が多いこと等々。
ヤハウェは「イスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされるだろう」と預言したときと同様、「ユダ王国はバビロニアによって滅ぼされるだろう」と語ります。 この予言は現実になり、ユダ王国は新バビロニアによって滅ぼされ、多くのユダヤ人がバビロニアへ捕囚として連れて行かれます。
ただ、この捕囚はユダヤ人全員を対象としたものではなかったようで、破壊されたユダ王国に少なからぬユダヤ人が残りました。エレミヤもそのひとりでした。彼はユダヤ人の背信とヤハウェから与えられた罰を受け止め、嘆きながらユダ王国の首都だったエルサレムに暮らし、最後はエジプトのユダヤ人居留区で亡くなったと言われています。
旧ユダヤ王国が解体され、国としての機能が失われると、元首都も次第に荒廃していったのかもしれません。エジプトはユダヤ王国時代、同盟国だったのでユダヤ人居留区があったのでしょう。先に滅びたイスラエル王国の流民もいたかもしれません。
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バビロン捕囚とユダヤ教の確立
もうひとり、この時代にエゼキエルという預言者がいます。彼はエレミヤとちがい、バビロンに移住したユダヤ人でしたが、そこで暮らし始めて5年目にヤハウェの言葉を聞きます。その預言は最初、エレミヤに語られたのと同様、偶像崇拝や異教徒との姦淫を咎める内容でしたが、次第に捕囚状態のユダヤ人を慰め励ます言葉が加わり、やがて祖国へ帰還できること、そこでどんなことをすべきかが語られるようになります。
前にも触れたように、ユダヤ教という一神教の宗教は、イスラエル・ユダ王国の滅亡からバビロン捕囚の時代に確立されたという説があります。たしかにこの祖国滅亡を経て、ユダヤ人は倫理的に自分たちを厳しく律する人々、我々がイメージするいわゆるユダヤ人らしいユダヤ人になっていったようです。