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三千世界への旅 魔術/創造/変革70 メキシコ征服と先住民の非理性


アステカ帝国の弱点


メキシコ中央高原を支配していた先住民にとって不運だったのは、スペイン人がやってきた1520年当時、支配者アステカが地方の部族から発展して、中央高原の色々な部族の小国家群を征服し、帝国を築いてからまだあまり時間が経っていなかったことかもしれません。アステカに征服された部族には、この新参者の支配者に恨みを持っている人たちが少なくありませんでした。

一説によると、コルテスに送られた女性は、アステカ帝国と戦って敗れた小国の王の妃で、モクテスマを憎んでいたため、スペイン人を積極的にサポートしたとのことです。

スペイン人が最初にユカタン半島で戦ったマヤ人は、アステカの支配を受けていない勢力でしたが、中央部に近いところで戦った軍勢は、アステカに征服されたばかりのトトナカ族、トラスカルテカ族、チョルルテカ族などでした。

このアステカ側の事情をコルテスは理解していて、これらの部族を撃破しながら、アステカ王権の中枢と、従属する部族を分断するような策略を用いたりしています。

たとえばスペイン遠征隊はトトナカ族を破ってその都市に入ると、アステカから派遣されていた5人の徴税吏たちを捕らえてしまいます。次にそのうちから2人を逃してやることで、アステカ王モクテスマに対して好意をちらつかせます。これが後にアステカの首都でコルテスがモクテスマに会見したとき、アステカ王を油断させ、心の隙につけ込むことを可能にします。

一方トトナカ族に対してコルテスは、アステカの徴税吏を逃したことを責め、残りの3人を連れて船に戻るぞと脅します。するとトトナカ族はアステカに罪を問われることを恐れ、コルテスにどうかこの町に留まってくださいと哀願します。このあたりにも、スペイン人コルテスのしたたかさと、メキシコ先住民の純情さのギャップが際立って感じられます。


神々を演じるスペイン人


コルテス率いるスペイン遠征隊は、古代型宗教の世界に住んでいるメキシコ先住民の弱点を最大限に利用しながら、今のメキシコシティの中心部あたりにあったアステカ帝国の首都ティノチティティトランをめざしました。

コルテスは先住民が自分たちのことを、彼らを滅ぼしに来た神々ではないかと考え、恐れているということを、手に入れた現地人女性の愛人から聞いていて、これを最大限に利用したといいます。

先住民との戦闘は500人対数万人で戦われたので、数から言えば圧倒的にスペイン人の方が不利でしたが、轟音を響かせ、圧倒的な殺傷能力を持つ銃は、先住民に彼らが神々であるという確信を強化するのに十分な効力を発揮しました。

北米大陸には馬がいなかったので、馬に乗った騎兵も、先住民にとっては人馬一体の不思議な巨大生物に見えました。

先住民の武器はスペイン側に比べれば貧弱でしたから、彼らの被害は少なかったようですが、それでも多少の死傷者は出ました。彼らは不死の神々だという先住民の幻想を維持するために、スペイン人は死傷者を隠したといいます。


先住民の降伏


これに対して、戦闘に敗れたメキシコ先住民はスペイン人に対してひたすら弱腰でした。

たとえば先に紹介したトトナカ族は、スペイン人が彼らの神殿の祭壇から神々の像を次々と蹴落とし破壊するのを見て怒るどころか、目を覆って泣きながら、神々に赦しを乞うだけだったと言います。

赦しを乞うた相手が、祭壇から蹴落とされた神々なのか、やはり神々であると先住民が考えたスペイン人のことなのか、どちらとも解釈できる場面ですが、要するに彼らは像としての神々にしろ、自分たちを滅ぼしにやってきた神々テウルかもしれないスペイン人にしろ、自分たちの信仰の中に留まって、自分たちの神々しか見ていないわけです。

これに対して、スペイン人は彼らの信仰を外から眺め、そのフィクションを活用しながら、現実世界の彼らを着実に征服していきました。

『メキシコ征服記』の作者ベルナール・ディーアス・デル・カスティーリョは、メキシコ先住民の壮麗な都市の建築を褒め称える一方で、彼らの神々の像のことを、醜く不吉な形をしていると、嫌悪を込めて語っています。


言葉の威力


スペイン遠征隊はこのように、アステカ帝国のいくつかの衛星国と戦って勝利をおさめ、帝国の首都ティノチティトランに入ります。モクテスマ王は彼らを客人として宮殿に迎えますが、彼らは王を宮殿の中で人質に取り、様々な要求を突きつけていきます。

これに対してモクテスマは弱々しく哀願しながら、多少は抵抗するものの、コルテスが持ち出す条件をのんで譲歩を重ね、神殿の神々の像を破壊され、宮廷の衛兵を虐殺され、最終的に自分も殺されてしまいます。

読んでいてイライラさせられるのは、コルテスが条件を持ち出してはモクテスマに譲歩を迫り、その約束をモクテスマが守って譲歩すると、自分はあっさり約束を破ってしまうことです。

モクテスマは自分が騙されたと知っても、コルテスを憎んだり怒ったりすることもなく、自分に耳があることを嘆き、コルテスの言葉を聞かないようにしたいといったことを、馬鹿正直に口走ってしまいます。そこをさらにコルテスにつけ込まれて、次の条件と要求を突きつけられるのですが、失敗から学ばないモクテスマは、何度も騙されてしまいます。

どうしてメキシコ先住民がこんなに幼稚で馬鹿正直だったのか不思議な気もしますが、価値観の異なる異民族というものを知らない民族というのは、知っている民族と比べて子供のようなものなのかもしれません。

価値観の全く異なる民族の存在を知らず、自分たちの信仰の世界で生きてきたメキシコ先住民にとって、言葉は神々とのコミュニケーションのためのツールであり、それ自体神聖な力を持っていて、約束したことは絶対に守らなければならないものだった。あるいは一度口にした約束は、自分の意思ではどうにもならず、守ってしまうしかないものだったというでしょうか。


臣下を裏切り自滅する王


一度だまされたなら、そこから学習して、コルテスに腹を立て、殺してしまってもよさそうなものですが、そもそもスペイン人は自分たちを咎め滅ぼすためにやってきた神々だと信じているわけですから、そういうことは思いもよらなかったのでしょう。

モクテスマは、スペイン人に対して幼稚で馬鹿正直なのに、自分が彼らに幽閉されていることを臣下たちに気づかれると攻撃してくるかもしれないので、あくまで友好的な客人として振る舞ってくれと、コルテスに頼んだりしています。

つまり、そこはスペイン人と共謀して自分の家臣をだまそうとしているわけです。この時点で彼は、スペイン人の人質になっているだけでなく、臣下を裏切ってスペイン人の味方になってしまっています。

この裏切りがさらにアステカの敗北と、スペイン人による征服を確かなものにしていきます。

その後、宮廷での大虐殺と戦闘、モクテスマ王の死、その後継者による反乱・内戦とスペイン人の勝利、植民地支配の開始といった感じで事態は進んでいきました。

統一王国を形成していなかったメキシコ南部のマヤ族はその後も抵抗を続けましたが、次第にその勢力は弱体化していきました。

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