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車から見える「あいさつ運動」~先生のふるまいが与える印象~
皆さんは、朝のあいさつ運動に対してどのような印象をもっているでしょうか。
朝のあいさつ運動の教育的効果ついては、その目的、取組内容、学校や子どもたちの実態、地域性等に大きな影響を受けますので、その是非を一概に判断することはできません。
ただ、教員が日常的に勤務時間外に取り組んでいる実態や、半ば強制的になっている実態(断りにくい雰囲気も)があれば、「働き方改革」の観点からみても、直ちに見直す必要がある取組だと考えます。
私の周りの先生方の話を聞く限りでは、「働き方改革」の影響を受け、廃止・縮小の方向に向かっている学校も増えてきているようです。
あいさつ運動に取り組んでいる学校の中には、校門等に立って子どもたちを迎え入れている先生方もたくさんいらっしゃると思いますが、特に車の交通量の多い道路に面している学校においては、注意して意識をしておくことがあります。
それは「車からは、子どもたちの様子だけでなく、先生方の『ふるまい』等もよく見られている」ということです。
車に乗っていると「あいさつ運動」の様子は、よく見えるものです。
毎日、同時刻に通勤している人は、先生の顔を自然と覚えたり、その様子の変化等にも気づいたりすることもあります。
以前、私も車で通勤する際、あいさつ運動を行っている2つの学校の前を通っていました。先生方は、朝早くから正門等に立って、登校する子どもたちを迎え入れていました。先生と子どもと笑顔での触れ合いや、ほほえましい光景もみられましたが、どうしても気になることがありました。
それは、子どもたちと接していないときの先生方の様子です。
例えば、以下のような先生方を見かけることがありました。
校門前の道路を通過する車を凝視している先生。
険しい顔をしながら車をみらみつけている先生。
ポケットに手を突っ込んでだるそうにしている先生。
子どもたちのあいさつに反応していない先生。
もちろん、凝視したり、にらんだりしているつもりはないことは理解していますが、車窓から見える姿は、どうしてもそう見えてしまうのです。
「あまりよい印象は与えていませんよー」と教えてあげたくなるくらいでした。おそらく見られているという意識があまりないのだと思います。
一方、正門前の道路を通過する「すべての車」に対して、礼をしている先生方もいました。交通量が多い朝なので、ひっきりなしに正門前を通過します。子どもの登校の様子を見守る時間より、常時、頭を下げている時間の方が多いのではないかと思ってしまいます。
地域の人がすべて知り合いという地域、例えば、小さなへき地学校であれば、車にあいさつするのも分かります。
しかし、交通量の多い場所で、機械のように車に礼を続ける先生の行為は、不自然さと少しの不気味さを感じます。
先述したこと、私だけの感覚かもしれませんが、特に交通量の多い道路に面している学校であいさつ運動を行っている場合は、「車に乗っている人」にもよく見られているという意識をもち、見られた方を考えることは大切ではないとか思います。