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食べる家「ショートホラー」

その家は、古い住宅地の片隅に建っていた。木造で年季が入り、壁にはひび割れが走り、雨漏りの痕が至る所に残っている。だが、その家が奇妙なのは見た目の古さだけではなかった。


家に入った人は、二度と出てこないというのだ。


僕は都市伝説好きな友人のタカシに誘われ、その家を訪れることになった。家には長い間誰も住んでおらず、廃墟同然だ。だが、なぜかいつも新しい靴が玄関に一足だけ置いてある。


「誰かがこの家に吸い込まれてるんだよ、きっと。」タカシは興奮気味に言ったが、僕はただのいたずらだろうと思っていた。


夜、二人で懐中電灯を持ち、家に入る準備をした。鍵はかかっておらず、少し押すだけで玄関のドアは開いた。中は思ったより綺麗で、埃っぽい匂いがするものの、家具や雑貨がそのまま残されていた。


「やっぱり誰か住んでるんじゃないのか?」


そう言いかけた時、奥の部屋からかすかな音が聞こえた。何かを引きずるような音だ。僕たちは顔を見合わせ、足を進めた。


リビングと思われる部屋に入ると、そこには大きなテーブルがあり、その上には皿とナイフ、フォークが整然と並べられていた。そして、テーブルの中央には誰かが食べかけたような肉の塊が置かれていた。


「誰かいる…のか?」タカシが小声で言った。


その瞬間、背後でドアが「ギィィ…」と音を立てて閉まった。慌てて振り返ると、そこには人影があった。いや、人影に見えた“何か”だ。


それは人間の形をしていたが、皮膚がない。筋肉が剥き出しで、口が異様に大きかった。その口が不自然に動き、僕たちにこう言った。


「もう一皿必要だ。」


次の瞬間、家全体が震え始めた。壁が波打ち、床がねじれるように歪んでいく。僕たちは慌てて玄関に戻ろうとしたが、玄関は消えていた。代わりに、家の奥へと続く無数の廊下が広がっていた。


「逃げるぞ!」タカシが叫んだ。


だが、廊下を走るほど、道がどんどん伸びていく。振り返ると、壁から手のようなものが伸び、僕たちを掴もうとしていた。


タカシの叫び声が響き渡った後、彼の姿は消えていた。僕はひたすら走り続けた。どこをどう走ったのか分からないが、気がつくと、僕だけが家の外に放り出されていた。


朝日が昇り始めた住宅地に、一人呆然と立ち尽くす僕。振り返ると、家は何事もなかったかのように佇んでいた。だが、玄関にはタカシの靴が一足、きちんと並べられていた。


それ以来、その家の玄関には新しい靴が増えることがなくなったという。そして、その家に入った者も、誰一人として語ることはない。


家はただ静かに立ち続け、また次の客を待っている。



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