
黒い彫像「ショートホラー」
ある地方都市に、「触れてはいけない彫像」と呼ばれる噂が広まっていた。小さな公園の片隅にひっそりと佇むその彫像は、黒い大理石でできており、人の形をしているが顔の部分が曖昧に削られている。その彫像に触れた者は数日以内に失踪するという話だった。
僕は偶然、その彫像を目にした。仕事帰りに通りがかった公園で、ふと視界の隅に黒い人影のようなものを感じたのだ。近づいてみると、それが例の彫像だと気づいた。
何かが違和感を放っているように感じた。彫像は本当にただの石の塊のはずなのに、その佇まいから強烈な視線を感じるのだ。噂なんて信じていなかった僕は、好奇心に負けて手を伸ばした。
冷たく滑らかな感触。触れた瞬間、何かが背中を這うような感覚に襲われた。僕は慌てて手を引っ込めたが、その場を離れることができなかった。
すると、彫像の曖昧だった顔の輪郭が少しずつ変化し始めた。次第に、見覚えのある顔が浮かび上がる。それは、紛れもなく僕自身の顔だった。
「な…なんだ、これ…?」
足がすくみ、動けないまま凝視していると、彫像の目の部分がこちらをじっと見返していることに気づいた。その瞬間、何かが耳元で囁いた。
「お前もここに来い。」
全身が氷のように冷たくなり、次の瞬間には視界が暗転した。
気がつくと、僕は公園の隅に立っていた。いや、立っているのは僕ではなく、僕の形をした新たな彫像だった。体を動かそうとしても何も反応しない。目の前では、通りかかった一人の青年が僕――いや、この彫像を興味深そうに見つめている。
「触れてはいけない。」
僕の中でその言葉が繰り返されるが、声を発することはできない。ただ、その青年が彫像に手を伸ばすのを、静かに見守るしかなかった。