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時計塔の秘密「ショートホラー」

小さな港町の中心には、古びた時計塔がそびえていた。誰もその由来を知らず、時計は何十年も止まったままだった。町の人々は「あの時計塔には近づかない方がいい」と口々に言うが、理由を聞いても誰も答えられない。ただ、「昔からそういうもの」としか言わないのだ。


ある日、僕はその時計塔に興味を持った。町の図書館で古い記録を調べても、時計塔についての記述はほとんどなかった。それがますます僕の好奇心を刺激し、ある夜、ひとりで塔を訪れることにした。


夜の時計塔は一層不気味だった。月明かりに照らされるその姿は、まるで生き物のように見える。入口の扉は意外にも鍵がかかっておらず、静かに開いた。


中に入ると、ひんやりとした空気が漂い、埃っぽい匂いが鼻をついた。古い螺旋階段が上へと続いており、その先からかすかな機械音が聞こえてくる。


階段を上るにつれて、音は次第に大きくなり、不規則なリズムを刻んでいた。それはまるで心臓の鼓動のようで、不安と興奮が混じり合った感覚に襲われた。


最上階にたどり着くと、巨大な歯車と振り子が目に入った。停止しているはずの時計が、なぜかゆっくりと動いていたのだ。近づいて観察すると、歯車の間に何かが挟まっているのを見つけた。


それは人間の手だった。


驚いて後ずさると、背後から声がした。

「見てはいけないものを見てしまったな。」


振り返ると、黒いフードをかぶった男が立っていた。彼の顔は影に隠れて見えなかったが、冷たい声が続いた。

「この時計塔は、時を動かすためのものだ。だがそのためには犠牲が必要だ。」


言葉の意味が理解できず、僕はただ立ち尽くしていた。その時、歯車が急に激しく動き始め、振り子が激しい音を立てた。


「だが、逃れる方法が一つだけある。」

男はそう言いながら、一冊の古びた本を差し出した。そのページには見たこともない言語で呪文が書かれていた。

「これを唱えれば、時計塔の呪縛を解くことができる。だが、その代わり――」


言葉を聞き終わる前に、僕は本を受け取り、呪文を大声で唱えた。すると、時計塔全体が激しく揺れ、歯車が次々と崩れ始めた。黒いフードの男は驚いた顔を見せ、何かを叫んだが、その声は轟音にかき消された。


気づけば、僕は時計塔の外に立っていた。背後を振り返ると、塔はすでに影も形もなく消えていた。呪縛から解き放たれたことを安堵したのも束の間、手に持った本が突然灰となって崩れ落ちた。


その夜から、時計塔があった場所では時間が止まったかのように感じられる。誰もその土地に近づかなくなり、いつしか町の地図からも消えてしまった。しかし、僕の手首には奇妙な時計の紋様が浮かび上がり、今もなお、時を刻み続けている。


僕は時計塔を消したはずだった――なのに、時計の呪いは僕を追い続けている。



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