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山神「ショートホラー」
深い山奥にある小さな集落では、古くから「山神様」と呼ばれる存在を崇めていた。集落の中央にある祠には、毎年ひとりの若者が供え物を持って訪れる決まりがあった。村人たちはそれを「契りの儀」と呼び、決して途絶えさせてはならないと信じていた。
都会からこの村に移住してきた慎吾は、そんな風習に懐疑的だった。妻と共に田舎暮らしを楽しもうと決めたが、村人たちはどこか彼を避けるように接し、「余所者は山に近づくな」と忠告した。
そんなある日、慎吾は偶然、森の奥に佇む祠を見つけた。苔むした石の祠には、見たこともない奇妙な紋様が彫られており、不気味なほど静まり返っていた。
慎吾は興味本位で祠の扉を押したが、開くことはなかった。しかし、その夜から彼の周囲で奇妙なことが起こり始めた。家の周りを動き回る足音、夜中に鳴り響く誰かの囁き声、冷たい視線を感じるようになったのだ。
ある夜、慎吾がふと目を覚ますと、枕元に誰かが立っていた。
白い着物を着た痩せた男が、じっと彼を見下ろしている。その顔はどこか歪んでおり、目が異様に深く落ち窪んでいた。
「契りを交わしたな?」
慎吾は意味がわからず、必死に叫ぼうとしたが、声が出ない。男はゆっくりと慎吾に手を伸ばし、彼の額に触れた。その瞬間、慎吾の頭の中に激しい痛みとともに、膨大な記憶が流れ込んできた。
それは過去の契りを交わした若者たちの記憶だった。彼らは次第に正気を失い、やがて“山の一部”となり、誰にも知られぬまま消えていったのだ。
慎吾は気がつくと、森の中に立っていた。祠の前に佇み、手には見覚えのない古びた木彫りの面が握られていた。
その面を顔に当てると、不思議なことに、彼の体が軽くなり、全ての苦痛や恐怖が消え去った。そして祠の扉が静かに開いた。
中を覗き込むと、そこには何十人もの「契りを交わした者たち」がいた。彼らは皆、慎吾と同じ面をつけ、森と一体となって溶け込んでいた。
翌朝、慎吾の家には彼の姿はなかった。ただ、妻が見たのは、庭の片隅に無造作に置かれた、あの木彫りの面だけだった。
それ以来、村の掟はより厳格に守られるようになり、外からの移住者は二度と受け入れられることはなかったという。