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影を売る男「ショートホラー」
ある町に、「影を売ることができる」という噂があった。
その噂を耳にしたのは、職を失い金に困っていた青年・信吾だった。冗談半分で情報を集めると、夜の街外れにある古びた屋敷に行けば影を買い取ってくれるという。
「影なんかで金になるなら、試してみるか」
半信半疑のまま屋敷を訪れると、中には痩せた老人が座っていた。彼は静かに微笑み、こう言った。
「お主の影を、買い取ろう。一生、不自由なく暮らせる額を払うぞ」
信吾は迷わず契約書にサインをした。すると、足元にあった自分の影が音もなく剥がれ、老人の手のひらへと吸い込まれていった。
翌日、信吾の銀行口座には莫大な金が振り込まれていた。影を失った代償として、日光の下で自分の姿が異様に見えることを除けば、特に問題はなかった。
「影なんて、ただの影だったんだ」
そう高をくくっていたが、数日後、奇妙なことが起こり始めた。
部屋の隅に、見知らぬ「影」が立っているのを目撃したのだ。誰もいないはずなのに、壁に映る影だけが、じっと信吾を見ていた。
最初は気のせいだと思った。しかし、影は日に日に増え、ついには町中のあちこちで、見知らぬ影が彼を追うようになった。
やがて信吾は気づいた。
「あの影は、俺の“何か”だったんだ」
焦燥に駆られ、再びあの屋敷を訪れると、老人は満足そうに笑った。
「影とは、ただの影ではない。お主の存在の“輪郭”なのだよ」
信吾が返してくれと叫ぶと、老人は首を横に振る。
「お主はもう“完全な存在”ではない。輪郭を失った者は、やがてこの世界に馴染めなくなる」
その言葉の通り、信吾は日に日に周囲の人間から認識されなくなっていった。誰も彼の姿に気づかず、話しかけても返事すらされない。
そして、ある朝。
彼の姿は、どこにもなかった。
しかし、街角の壁には、一つの黒い影が、不自然に揺れていた。