【転載/書評】 未来のルーシー 中沢新一+山極寿一著 by 作家・藤沢周
所出:東京新聞 2020年5月3日
◆幸福とは?根本から問う
ウイルス憎んで、人を憎まず。然(しか)り。だが、この新型コロナ禍は資本主義とグローバリズムに慣れ切った人類に対して、叛乱(はんらん)を起こしているのではないか。と、そこへ人間のあり方を根本から練り直す刺激的な対談の書が出た。
現代は、『サピエンス全史』の著者ハラリ的に言えば、言葉による認知革命で未知だらけの世界を知った人間が、貨幣という信用物による経済と科学技術によって資本主義という大宗教を創り、全面帰依しているありさま。さらには、右肩上がりだ、AIだ、となる。
これが本当に人間にとっての幸福か? 霊長類学者の山極寿一は「システム化しようとすればするほど、ある形式化や分類をして関係性を固定したうえでの人間関係のあり方に人間そのものを合わせていかざるをえなくなります。AIを利用すればするほど、人間は均質になり、感情を失う」と語る。それを受けて、人類学者の中沢新一は「アニミズムとトーテミズムは、今後の人間社会を構成するうえで鍵になってくる」と示唆。
つまり、人間の世界と動物・植物の世界(自然)との間にあるものについて、熟考しなければ危機が訪れると。そこにあるコレスポンデンス(照応関係)が重要で、その時、日本古来の世界観こそが鍵になるという。
そもそも日本の死生観や自然観というのは、是か非か、人か動物か、生か死かの二項対立ではない。それらが入り混じった運動の中で考え、感じる。また、私という「主語」ではなく、死者をも含めた、「主体性も奪われてしまった者たちのいる広い世界」(中沢)である「述語」的な発想の方に、世界の原動力を見るのだ。
二人の対話から、「第二のジャポニスム」とでも呼ぶべき新たな叡知(えいち)の種子と、人類が真の幸福へと向かうためのコペルニクス的転回のインスピレーションが横溢(おういつ)。霊長類の進化から、西田幾多郎(きたろう)や今西錦司、華厳仏教まで、その思想的核を応用しながら、世界が新たに胎動する。
経済第一主義の脆(もろ)さが露(あら)わになった今こそ、必要とすべき知がここにある。
(青土社・1980円)
中沢・明治大野生の科学研究所所長。山極・京都大総長。
以上