粉雪のようにそっと
昨年末、私はひどく焦っていて憂鬱だった。
友人や、大事な人との会話が、少しずつズレていく。今思えば、そういうときもあると、無理に取り戻そうとしなければよかったのかもしれない。でも、私は怖くて藻掻いた。今ダメなら、きっと一週間後も、一か月後はもっとダメだと思って、じっと息を止めていることが出来なかった。焦って掴んだ地面は砂になって、ざらざらと指の間から抜け落ちていった。
創作についても大変に悩んでいて、悩む暇があるなら手を動かして没頭すればいいのに、目の前の息苦しさに耐えられなかった。どの景色を見てもメランコリックな色がついて、自分なりに頑張っているはずなのに、ずっと樹海の一点をぐるぐる歩いているように思える。自分のかけている眼鏡の色も、それが簡単に外せないのだということも知っているのに、無理やり引き剥がしたくて、でも出来なくて、だから一足飛びに成長も出来なくて、たまらなく辛かった。
ガリガリとささくれ立つ心を暴れないようにぎゅっと押さえ込んで、ネットの海を泳いだ。だしぬけに、深海から少し灯りが見えた。
嶋津さんとはほとんど初めましてだった。それなのに、このような企画に参加させてもらっていいものだろうかと一瞬迷った。
でも。
閉じて淀んでいた胸には、全く新しい風が必要なのかもしれない。たった一筋の風で構わないから。人に頼るのは他力本願になるだろうか? いや、すでに70冊も交換しているということだから、きっと大丈夫。 noteとTwitterをフォローし、祈るような気持ちでDMを送った。
先に彼に送ったのは、ポール・オースターの「最後の物たちの国で」と、澁澤龍彦の「高丘親王航海記」だ。
前者はディストピア文学に分類されるであろう作品なので、コロナ禍の今、人に贈るものとして適切なのかどうかは分からなかった。けれどこの本は少し前から私の元を飛び立ちたがっていると感じていて、嶋津さんに手紙で伝えたとある理由も手伝って、今彼に渡すべきと思った。後者は、先にあげた嶋津さんの記事で、この企画がコロナ禍でできない旅から発想を得たものだということから、これが良いだろうと思った。
送った直後、受け取り確認のツイートを拝見した。こっそり手作りのアマビエを忍ばせていたので、喜んでもらえたとホッとした。私は贈り物をするのが好きだし、けっこう得意な方だと自負しているけれど、人となりをある程度知った人にしか贈ったことがなかったから、ツイートやnoteの記事から人格がほの見えるというだけの相手に、適切な贈り物を選べる自信がなかった。
お返しが来ることはしばらく忘れていた。私は年末から年始にかけて、もっとどす黒い悩みの只中にいたから。確かにこの企画は双方が本を送り合うのが目的だし、嶋津さんのことを信用していない訳ではもちろんないのだけれど、彼はきっととてもお忙しいだろうし、自分はこんな風だし、何かが返ってくると思えなかったのだ。
なので日付としては昨日の夕方、届いた荷物の宛名にびっくりしてしまった。ああ、そうだった。帰ってきてくれた。
実は私はこの本と映画を読んだ/観たことがある。とても面白くて皮肉たっぷりで、現代の難しさと閉塞感は、再びヒトラー的な存在を待ち望んでいるのかもと考えさせられて、自分の手元にいつかおいておこうと思いつつ、買えていなかったものだった。
だから、なんだか嶋津さんに見透かされているように思った。なんでこの本と私の関わりを知っていたの? というように。既読の本だったからこその喜びがそこにあった。
そして手紙。私は手紙を書くのが好きで、自分は良く書くのだけれど、受け取ることはほとんど年賀状くらいしかないので、肉筆の手紙というものがこんなにも心を優しく撫でてくれるものかと思った。
私の今年の密かな目標に、「断られそうだと思った申し出でも、どんどんしてみる」というものがある。
嶋津さん、私も出来たらこれだけで終わりにしたくないなと思います。私はnoteを書いているだけの、小説家志望の子育て中の母親で、何か善いもの、キラリと光るものをあなたに差し出せるかどうかは分からないけれど、何かしらあなたの活動に関わって、面白いことができたらいいなと思います。
こんな素敵な企画に参加させて頂いて本当にありがとうございました。巣ごもりの日々のお供として、この本をまた読ませてもらいたいと思います。きっと一回目にはなかった発見がそこにあるから。