OK Google, 眠れる話を 第十四夜
「ママ、しゃしんは?」
四歳の娘は私のことを良く分かっている。
「待って、手を洗わなきゃ」
バターと小麦粉が付いた両手を石鹸で洗い、オーブンに入れる前のパン生地を写真に収める。
#おうち時間 #娘と料理 #パン作りは粘土遊び #娘が作ってくれたサラダ #焼きたてパンでお昼ごはん
焼く前の生地、焼き立てのパン、ベビーリーフのサラダやナゲット、冷凍ベリーをヨーグルトに盛りつけたミニカップと、切り分けたパンを盛り付けたワンプレートの写真をコラージュしてアップする。いいね!の数字が15、20…と瞬く間に増えていく。
「さ、食べよっか」
娘のコップにオレンジジュースを入れた。
今日はクライアントに依頼された、子連れ歓迎カフェの取材。指定されたメニューを頼むと、案外早く料理が運ばれてきた。キッズスペースで遊んでいる娘に「食べないのー?」と声をかけるが、彼女はこの店イチオシのハンモックに夢中だ。もしかしたら、ママは自分がいない方がやりやすいでしょ、って思っているのかな。そんなことないか。せっかくのチャンスだから、今のうちに自分の分を食べてしまう。味は物凄く美味しくも不味くもない、この手のカフェにありがちな味だ。どういう投稿にしようかな。そうだ、子供用の料理も忘れずに写真を撮っておかないと。
帰り道、小さな公園の前を通ると、たまに会う母娘がいた。園は違うので会う機会は減ったが、顔見知りになっている娘はどうしても遊びたいという。あの時計の針が一番上に来るまでよと言い含めると、即座に滑り台の方に駆けていった。
「急に暑くなりましたよね」
取り残された大人は、そっと木陰に移動する。ママ友とも言えないくらいの彼女は、つば広の帽子を目深にかぶっていた。
「五月とは思えないくらい。慌てて半そで出しました」
「もう公園遊びが苦痛ですもん」
「わかりますー。子供は暑くないのかなあ。親は早く帰りたいですよね」
家に帰ってパソコンで作業したい。公園に私達だけだったら、スマホでメールチェックくらいできたのに。今日は洗濯ものを外干ししたから、帰ったらすぐに取り込まなきゃ。
「あっ」
追いかけっこをしていた娘が派手に転んだ。二人とも興が乗りすぎて、全速力で追いかけられて一瞬怖くなり、足が止まってしまったようだった。ああ、泣いちゃうかな。駆け寄ろうとする前に、娘は独りで立ち上がり、なんでもないという風にパンパンとスカートを払った。向こうの子供が少し押したように見えたのか、隣の彼女は私に何か謝ろうかと不安げな顔をしていたので、
「いつもうちだと大人しいから、沢山体動かせて良かったです」とフォローすると、ホッとした顔になった。
私はそれよりも、娘が多少転んでも膝を擦りむいても泣かなくなっていたことに驚いていた。ほんの少し前まで、砂に手をついただけで大泣きしていたのに。凄いなあ。きっとこんな風に、どんどん彼女は強くなって、あっという間に私のことを必要としなくなるのだろう。その時、私はどうなるのかな。
#娘の成長が嬉しい #でも少し淋しい気もする #こんな感情は親にならないと分からなかった #娘に成長させてもらってる #公園遊びは大変だけど充実
夜、娘を寝かしつけ終わってからインスタのコメントをざっと確認する。今日の投稿の反応も上々だ。ツイッターも覗いてみる。このアカウントはインスタとは連動していないが、全くの個人用でもない。ツイッターのママさん達の興味関心を踏まえるための窓口だ。インスタではそういう本音はあがってこないから。ざざっとタイムラインをスクロールする。
たまに公園で会う人で、「だるいねー」「親は早く帰りたいのにね」と言っていた人が人気インスタグラマーだった件。
どきっとした。まさか私のこと?違う、きっと違う。第一、あの人はツイッターやってなさそうじゃない。ツイートは昨日の深夜だったので、少なくともあのママさんがツイートしたものではない、とほっとしたが、でも私を知っている別の人がツイートしたかもしれないじゃない、とも思う。
何気にしてるんだか。インスタには五万もフォロワーがいるんだから、その中に顔見知りの一人や二人いるに決まってる。とっくの昔に慣れたはずのことに動揺している自分に気付いて、なんだかちょっとがっかりした。
今日も夫はまだ帰ってきません。夕ご飯は要るか聞いたのに返事なし。LINEの返信くらいしてくれてもいいのに。
そうぼやくと、相互さん二、三人がいいねをくれた。
クララさん、本当に毎日お疲れ様だよ。なるべく肩の力抜いてね。
うん、ありがとう。明日の夕飯は娘と私の分だけテイクアウトしちゃおうと思ってる。
明日の夜は素敵ゴハンを載せられないから、インスタ用のネタを考えないとな。それとも、たまにはテイクアウトする私を演出してもいいのかな。明日は土曜日だけど、夫は午前中仕事に行って、その後学生時代の友人とキャンプだと言っていた。
私は呼ばれていない。そもそも娘連れで行くのはしんどい。
ガレージが空くなら、キャンプごっこをするのもいいかもな。うん、そうしよう。自分で言うのもなんだけど、切り替えは早い方だ。早速ずっと使っていない自分の寝袋を点検する。
いつもは家に居る夕方に『たんけん』と称して近所を散歩し、道端の花を摘んできた。空き瓶に生けて、簡易テーブルに並べる。おにぎりと卵とウインナーという簡単な食事に、シングルバーナーで沸かした湯で作ったインスタント味噌汁。雰囲気は上々だった。食べ終わったらホットサンドメーカーにあんまんを挟んで焼いたおやつをつくる。
意外な一面ですね♪ おうちキャンプ素敵!
インスタにあげたのは博打だったけど好感触でほっとする。もう少し写真の技術を上げないとな。娘はずっと鼻歌を歌ったり「キャンプたのしいねえ、あしたもやろうねえ」と、ガレージ内をぴょんぴょん飛び跳ねていた。夜なのにうるさくして、ご近所さんに後でなんと言われるか心配なくらいだけど、二人でもこんなに楽しめるというのは発見だった。寝袋は雰囲気を出すためだったのに、娘はぴったりと引っ付いてくるやいなや、本当に寝てしまった。
お風呂は明日でいいよね。私はワインを温めなおし、二つのコップに注いで匂わせ写真を撮る。
インスタの私はコンテンツで、お伽噺をつむぐ場所。フォロワーをだます前に、自分を心地よくだます道具。「本当にこんな家庭だったら良かったのに」と思ったこともあったけど、今、私の目は少しも潤まない。かといってツイッターが本当の自分でもない。私は私、多分全て私。
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「ガレージで寝る。約束がない。」
※この掌編小説は診断メーカーで自動生成された眠りのシーンをもとに作られています。