生きてきた道は自分だけに依存するものではないので。
どうもえあです。誕生日です。
去年の誕生日、noteやるぞ!!!って決めてから1年になるんですね。んー、感慨深い。
せっかくなんで(いつも通り)自分語りでもしていこうかと思います。いつも通り。
私、4歳の時に1型糖尿病を発症したんですよ。
母方の祖父は2型糖尿病で、まあいわゆる「2型糖尿病らしい」2型糖尿病といえばよいでしょうか。かなり生活には問題があったようです。
それを見て育ってきた母親は、「えあちゃんは父とは違うんだ!」って思いがとても強かった。
私はことある事に「あなたのせいで病気になったのではないのよ」と言われてきました。
うーん、えあちゃんが、というよりは、「私の育て方や私の遺伝子がえあちゃんを病気にさせたのではない」と思いたかったのではないかって、勝手に思ってます。
そういう「教育」を受けて育った私は、2型糖尿病に対してそこそこの偏見をもって生きていました。
そしてその偏見が自分にも向けられうるものだと知っていました。
だから学校の授業で糖尿病について習った時、「私のは生活習慣によるものではない!」って主張したことがありました。
偏見は、私を守る盾としても用いられていたのだと思います。
仮に母のそういった認識、知識、偏見がなかったらどうだったんでしょうね。
2型糖尿病に対する偏見は社会的に根深いもので、私が子供の頃は、より強い偏見があり、それを偏見とみなし否定する活動も今ほど盛んではなかったはずです。
その上当時は糖尿病=2型糖尿病、という見方をされていましたから、1型糖尿病は違うものだ、という盾を持たずに生きていたとしたら、より歪んで卑屈な人生を歩んでいたのかもしれません。
いい悪い、は別として、偏見は私を守る盾でした。
もうひとつ、幼少期の私について思っていることがあります。
私は一人っ子です。
私が物心着いた頃にはインスリンを打って30分待たないと食事がとられず、好きにおやつも食べられない人生でした。
仮に私にきょうだいがいたとしたら?
私とは違い、好きに食べることができ、血糖測定もインスリン注射も必要のない、気を使ってもくれない同年代が家庭内にいたとしたら?
歪んだと思うんですよね、こころ。
一人っ子であったが故に、私は逃げられない比較対象をもつことなく、健やかに成長できた部分があると思ってます。
あんまり、病気だったからつらかった思い出みたいなのはないんですよ。
普通にいじめられたり普通に失恋したり普通に友達に裏切られたり、そういう嫌な思い出はたくさんあるけど、別にそれ病気関係ないんです。
恵まれていた、といえば恵まれていたんだよなぁ。
無知な子供の価値観を作るのは周囲の環境です。
そして、環境をもって、子供は自分なりにわかりやすい価値観を作ります。
憶測ですけど。
だからやっぱり、親のあり方は責任重大ですね。私の偏見を作ったのは母親です。
でも責めてません。
だって私はそれで救われたんだから。
自己評価を下げる価値観をもたずに済んだのは、きょうだいが居なかったからです。
寂しいこともあったけど、それが現実だと思います。
あれもこれも結果論です。ただ、その人の在り方の背景はその人なり、というか。
育ってきた環境が違うなら、価値観の相違は当たり前だと思うんですよ。
たらればの話に生産性はないけれど、もしこれらの要素が違っていたら、私の糖尿病ライフは違った形になってたと思うんです。
せっかくの誕生日なので、こんな自分語りいかがでしょう?
なんだか最近、noteのネタがなかなか出なくなってきたので、毎月更新はしなくなるかもしれません。気分次第かなあ。
でもとりあえず1年間続けて私、えらいでしょう?なんてね。
また気が向き次第更新させてください。それではえあでした。
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