阪田知樹 エリザベート王妃国際音楽コンクール 凱旋リサイタル
5月に行われた世界3大ピアノコンクールのひとつと言われるエリザベート王妃国際音楽コンクールで第4位という輝かしい成果をあげ、日本中を沸かせた阪田知樹さん。その入賞記念として急遽開催された凱旋リサイタルでした。筆者は運よくチケットを入手し、初めて阪田さんの生演奏を拝見することができました。(以降”コンクール”と省略)
全体的な感想をひとことで言うとすれば、このリサイタルでコンクールの感動を追体験できたことと、阪田さんの多彩で上質な演奏が堪能できて大満足。阪田さんのファンの多さがわかる気がしました。
この記事はクラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第15番 ニ長調 Op.28「田園」
ベートーヴェン=リスト:アデライーデ(第3稿) S.466/R.121
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178/R.21
フォーレ:夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63
<アンコール>ラヴェル:「夜のガスパール」より「スカルボ」
<アンコール>ラフマニノフ:楽興の時 第2番
公演日:2021年7月17日 (土) ミューザ川崎シンフォニーホール
”音楽のまち・川崎”宣伝担当のゆるキャラ「かわさきミュートン」にお出迎えされる阪田さん(笑)この画像をクリックすると神奈川芸術協会さんのコンサート紹介ページに飛びます。
今回の音源は主に阪田さん公式、ピティナ公式のYouTubeチャンネルなどから拝借しました。
阪田知樹さんとエリザベート王妃国際音楽コンクール2021
いわゆる誰得?なことですし、クラシック初心者が多くのファンがいる方について語るのは勇気がいりますが、筆者が阪田さんを追いかけることになったきっかけについて書いてみます。いや、書いてしまいます(笑)失礼なことも多々あると思いますが、どうぞご容赦ください。
阪田さんのバックグラウンド等については、初心者が初めてコンクールを追いかけた興奮で勢いづいて書いたnote記事に少し残しましたが、阪田さんの演奏をちゃんと拝聴したのは、約2ヵ月前のエリザベート王妃国際音楽コンクールが初めてでした。実は昨年かすっておりまして(笑)阪田知樹さん・金子三勇士さん・中野翔太さんという豪華メンバーによるトリプルピアノ公演のチケットを持っていながら、当日体調不良で泣く泣くチケットを無駄にするという事件がありまして。大変失礼なことですが、そのときは阪田知樹さんをお名前しか存じておりませんでした・・・。
その後この「月光」の動画を拝見して衝撃を受け、推しのレパートリーなのでこの素晴らしさにどこか嫉妬に似たような(?)感情を持ちつつ、やんわり注目していたところ、コンクールで衝撃の再会となりました。
筆者はピアノを弾くわけでも、多くのピアニストを聴いたことがあるわけでもないので初心者のつぶやきと聞き流していただければと思いますが、阪田さんの音色は凛としていて上品さがあり悠然としていて、表情豊かに様々な性格の音が次から次へと出てくる印象です。うまく表現しきれないのですが、その澄んでいて颯爽とした音は何か透明で緻密なものを想起して、鍵盤がまさかガラス製?と思えるときがあります。ガラスとはいえ脆いわけではない高級な強化ガラス、もしくは水晶のような。ピアノってこんなにいろいろな音色と弾き方があるのだなと、いつまででも飽きずに観ていていられます(まだ音で判断できる知識がないので、演奏は”観ること”がお楽しみの中心 笑)
この落ち着いた演奏ぶりを拝見していると、阪田さんって年齢不詳だなと思ってしまうのですが(笑)良い意味で自信に満ちていて貫禄が感じられます。それがコンクールという、きっと多くのコンテスタントにとって音楽家人生がかかっている緊張感ある場でも、同じように堂々として余裕があるようにお見受けしたので驚きました。それでいて演奏後などに見せる笑顔とトーク、またSNSでチラリと見えるおちゃめな一面は、そういえばポケモンがお好きな20代でしたよね、と安心するような微笑ましい気持ちに(笑)。ちなみにTwitterではたくさんいらっしゃるファンのツイートをひとつ残らずリアクションされていて、そのお人柄にどんどん沼にはまってしまいます!
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第15番 ニ長調 Op.28「田園」
始まって2秒で涙目になりました。たくさんの方の祈りが乗ったコンクールの熱が甦り、その時の高揚感と、阪田さんの入賞の喜びを勝手に妄想&追体験してさっそく大感激。コンクールの時よりずっと温かく伸びやかに感じて、どこか慈愛に満ちた崇高な音に大きく包まれる感覚があり、不思議な気持ちになっていました。生演奏だからなのでしょうか、コンクール後の阪田さんに心境の変化があったりしたのでしょうか。聴く側としてこういう妄想はおこがましいのですが、観客に対する感謝が出ている気がしました。もしそうだとしたら阪田さんとファンの心が通じ合う素敵な交流ですね。開始早々、壮大なイメージに浸ってしまい、この先の数時間どうしたら良いのでしょうという幕開けでした。(はじめてのミューザ川崎。ホールの音響など現実的なことはちょっと置いておく)
それにしても田園ソナタは名曲ですね。阪田さんのトークにも取り上げられていましたが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタは月光、悲愴、熱情、ワルトシュタイン、テンペストと「3大ソナタ」や「5大ソナタ」などでくくられることがありますが、特にこの作品の第一楽章の美しいメロディは、もはや何をもってそれが「大きい」と言うのかわからなくなる傑作。コンクール後のインタビュー記事で解説されているように、ベートーヴェンの人間的な心の優しさが前面に出ているこの作品は、阪田さんは中学生のころから大ファンなのだそうです。(インタビュー記事:ぴあ)
コンクールではFirst roundの第1曲目に置かれており、阪田さんの実力を世界に知らしめる大きな役割を背負った曲だったのでしょうか。(演奏順はコンテスタントに委ねられている)演奏順による作戦も伺ってみたいものです。
そしてコンクールのFirst roundの演奏動画は、現時点では各曲ごとには分かれておらず、筆者は冒頭のこの曲から再生しがちなこともあり、コンクールの動画でいちばんリピートしているかもしれません。動画だけでも阪田さんの美しい演奏に魅了されており、なぜCD化してくれなかったのか今からでも頼み込みたいくらいです。
ベートーヴェン=リスト:アデライーデ(第3稿) S.466/R.121
阪田さんの解説によると、この作品はベートーヴェンの歌曲をリストがピアノ版に編曲したもので、第3稿というだけにリストが改訂を重ねた3つのバージョンがあるそうです。その中で最も演奏時間が長く、原曲に忠実でありながら真ん中にリストの壮大なカデンツァが入っていることが特徴的なのだとか。
ベートーヴェンらしいダイナミックな作品で、筆者は昨年からピアノ・ソナタばかり聴いていた、というより、ベートーヴェンのピアノ曲はほぼそれしか知らないため、(あのコワモテの)ベートーヴェンもこんなに朗々と歌うのかと新しい発見でもありました。ベートーヴェンの作品は荒々しく力強く、葛藤を感じるようなメロディが耳に残るのですが、阪田さんの激しさと繊細さが同居した凛々しい音は、ベートーヴェンの高いプライドの裏にある弱さや繊細さのイメージが浮かび、それが表情豊かにドラマティックに展開して、複雑なベートーヴェンの一面を表しているように感じるものでした。もしくはリストが知るベートーベンの印象がそういう人物だったのでしょうか。得意の連想ゲームが止まりません・・・。
音源は阪田さんのものが見つからなかったので、Apple Musicからヨーゼフ・ムーグさんという方のものを。筆者はまだ外国人音楽家をほとんど存じておらず、Apple Musicにあるピアニストの中でネット上の情報の斜め読みしたところハノーファーというキーワードが引っ掛かり(笑)ピックアップしてみました。(ドイツ・ハノーファーは阪田さんが現在お住まいで、ムーグさんは音楽の勉強をした時期があったようです。これは何稿めなのでしょうね。
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178/R.21
コンクールのセミファイナルで演奏されたこの曲は、その世界に没入しているような阪田さんの熱く美しい演奏に感動しました。コンクールで30分間に及ぶ長い曲を演奏することは、本来リスキーなのだそうです。短い曲を多くプログラムすればその中で審査員がイマイチと判断するものがあっても、他の曲で挽回の余地があるからだという。コンクール終了後のインタビューでは、今回のコンクールではあえて得策とはいえない選曲をしたのだと語られています。コンクールで勝ちやすい曲というより、日頃のコンサートで演奏している曲、つまりご自身の音楽性をぶつけてみることにしたのだという。素人には、それで世界のトップ4に入ってしまうのか・・・という超人的な事実が信じがたいものですが、なるほどそれでコンクールの時に余裕があるような、コンクールというよりコンサートを聴いているような印象を受けたのかもしれないと納得しました。阪田さんの勇姿は、どんなに難しい局面でも自分に素直に真の姿で挑むことに意義があるというメッセージにも捉えられて、勇気づけられるような、ハッと大事な何かに気づかされた気持ちです。
セミファイナルでこの曲が選ばれた興味深いお話は、帰国後初のYouTubeライブのこのあたりでご紹介されています。
休憩を挟み、コンサート後半の1曲目。椅子に座ってから音を出すまでしばらく時間を取り、うつむいて心のスイッチを入れるようなアクションをされていました(一瞬会場が戸惑ったような空気感がありました)。筆者にはリストと心を繋げているような、天からリストを降臨させているような、もしくはリストが乗り移ったような(だんだん怖い表現になりましたが 笑)姿に見えました。情熱的な部分が印象深い作品ですが、この日の演奏では弱く繊細な部分に惹きつけられました。リストの最も大規模な作品ともいわれるこのソナタは、リストの人生のあらゆる場面を詰め込んだもののように思えるのですが、この日の阪田さんの演奏を聴いて、これまで気づいていなかった細々としたエピソードがもっとたくさんあり、リストはその日常の出来事などささいなものや、あまり表に出さなかった弱い部分などを含めてあらゆる場面・経験をこの作品に残したかったのではと想像を広げていました。実際は何を語った作品なのでしょうね。徐々に紐解いていこうと思います。
リスト国際ピアノコンクールで優勝されたご経験がある阪田さんは、作曲家の中でも特にリストを敬愛されているということで(ご自身でもリストマニアとおっしゃる)リストが作曲したこの大傑作に特別な想いをもって演奏に挑んでいるのではないかと感じさせるものがありました。
ちなみに当日のプログラムに書かれている阪田さんの解説には、当時賛否両論があったこの作品に対してシューマンの妻でピアニストのクララは「目的のない騒音」と酷評したのだと紹介されています。一方、最近発売された「師としてのリスト」という本では、リストがクララの演奏を酷評しているようすが書かれています。犬猿の仲だったのですね。
コンクールでの演奏のハイライト動画
コンクールのフルバージョンはこちら
フォーレ:夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63
このロマンティックな音が聴こえた途端、会場の空気感がガラリと変わったのに驚いてしまいました。ピアニストは短時間にたったひとりで、演劇でいうところの舞台セットをまるっと変え、大勢の観客を引き込むすごい技があるのだなと思わずうなってしまいます。音が変わったとか、表情が変わったというものではなく、その場の次元を変えるくらい何か大きな変化が感じられました。
阪田さん曰く、フォーレはもっともフランスらしい作品を残した作曲家と言われているそうで、ピアノ・ソロ曲はそれほど多く作曲していないが、阪田さんは室内楽などで過去にたくさん演奏したことがあるのだとか。
開演前に印刷されたプログラムを改めて見て、ご自身で「渋い」と思ってしまったプログラム(笑)とお話されていましたが、この曲を最後に選んだのは、ベートーヴェンとリストの重厚な大作のあとに観客の興奮を落ち着けるようなものをという意図があったとのこと。流れるような可憐なメロディはエッフェル塔が見えるパリのセーヌ川を想起させ、(ステレオタイプはありますが)フランスらしいフランスに連れていかれました。
ちなみに阪田さんのピアノの上での手の動きも魅力がありますね。演奏に上品さを感じることに影響を及ぼしているかもしれませんが、鍵盤を駆け抜けたり大きな音で跳ね返る動きが、筆者にはフィギュアスケーターのような滑らかで華麗に滑っている姿のように見えます。そもそも阪田さんはステージに登場した瞬間からスラっと背が高く、手足が長いお姿に目を奪われるのですが!(八頭身という噂が!)
再び阪田さんの音源が見つからず、Apple Musicからパスカル・ロジェさんのものを。ネットで斜め読みしたところによると、フランスのピアニズムを代表する巨匠のようです。
<アンコール>ラヴェル:「夜のガスパール」より「スカルボ」
最後の曲が終わり、マイクを持って再登場された阪田さんは、今回のプログラムについて、また前述したようなコンクールの裏話などをお話しくださいました。クスっと笑えるエピソードを盛り込み、とても親しみやすいお話をされる素敵なお人柄ですね!
アンコールはアンコールらしからぬ、と阪田さんが表現される9分間ほどの長い作品。ラヴェルはその前に演奏されたフォーレのお弟子さんなのだそうです。近代音楽らしい曲が出てきて、もはや幕の内弁当のようにバラエティ豊かなプログラムです。筆者の語彙力では表現しきれないのですが、鍵盤の端から端まで駆け抜けるキラキラとした音にグッと心を掴まれました。
ピティナ公式から2015年の動画。
<アンコール>ラフマニノフ:楽興の時 第2番
アンコール2曲目。ラフマニノフの作品は重くダークなイメージが強いのですが、この日はガラスのような透明感ある美しい音が印象的でした。その鍵盤上の滑らかな動きがコンクールのFirst roundでのリスト「鬼火」やショパンのエチュードを彷彿とさせ、それを初めて聴いたときの音の美しさに感動した思いが甦ってきました。(First roundの動画「エチュード Op.10-2」はこのあたり、「鬼火」はこのあたり)
こちらもピティナ公式から2009年の動画。
耳寄り情報
このリサイタルに向けて、SNSなどで当日耳寄り情報があることを告知されていた阪田さん。前述のYouTubeライブのときも「10月14日に何かがあります!」と仰っていたところ、確かリサイタルの2~3日前に阪田さんの所属事務所から「10月14日サントリーホールでのリサイタル決定!」というツイートが流れてきたというエピソードがありました。阪田さんがせっかく溜めていた情報が流れてしまったのではと心配するファンの声もあったらしく、実は筆者も同じことが気になってしかたなかったのですが(笑)なんと耳寄り情報はまだ「隠し玉があります」と!
当日配られたプログラム(パンフレット)は今回限りの阪田さんの解説が載っており、さらにさりげなく今後の予定が掲載されていたのでした。この先のリサイタルでは「ファンタジー=幻想曲」をテーマにされる予定とのこと。今回フォーレの幻想曲を選曲されましたが、噂の(笑)10月14日のサントリーホールを皮切りに、ベートーヴェンの「月光」(ベートーヴェンが出版した当時は”幻想即興曲”)やシューマンの「幻想曲」などを拝聴できるようです。楽しみですね!
最後に
アンコール2曲を終えた後もステージに戻ってお話してくださり、最終的にカーテンコールで4度ほど戻ってくださったでしょうか。演奏もお話もたっぷり楽しませていただきました。
バラエティに富んだ作曲家の作風の違う作品が並べられ、阪田さんのいろいろな面を拝見することができる、とてもバランスが取れたプログラムだったように思います。ベートーヴェンの「田園」とリストの「ロ短調ソナタ」を一度に演奏するのはこの日限りになると仰っていましたが、特に「田園」は最初の2秒でぐしゃぐしゃになっているので、もう一度巻き戻ししたいです(笑)単体ごとでは演奏機会はありそうだということで、毎回進化し続けるというリストのソナタと、隠れた名曲の「田園」、そしてこれから筆者が衝撃を受けた「月光」など、お楽しみはまだ続きそうです。
プレイリスト
阪田さんがまとめられたコンクール動画のプレイリストはこちら。とても便利です!
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