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【電力小説】第3章第9話 嵐の兆し

佐藤スズは、森重主任とともに米賀べいが変電所の巡視を行っていた。
空は分厚い雲に覆われ、小雨が降り続いている。
GIS(ガス絶縁開閉装置)や送電線引き込み箇所の雷保護設備を
確認しながら、主任は静かな声で話を続けていた。

「雷保護設備は、変電所を守る最前線だ。異常があれば遮断器が作動して
被害を食い止める仕組みになっている」
主任の言葉にスズは頷きながら、目の前の設備を見つめた。
XTAPで雷サージ解析を行った際に見た、巨大な波形が頭をよぎる。
しかし、それがどのように現実の設備に影響を及ぼすのか、
想像がつかなかった。


事務所に戻ったのは夕方だった。巡視記録を整理しながら、スズは窓越しに雨足が強まる様子を眺めていた。遠くで低い雷鳴が響き、次第にその間隔が狭まっていく。

「天気がさらに悪化してきたな」
主任が窓の外を見やりながら呟く。その瞬間、大きな雷鳴が轟き、
事務所の窓ガラスがわずかに震えた。
雨音も激しさを増し、周囲の空気が緊張感に包まれる。

突如、蛍光灯が一瞬チカッと明滅した。
事務所の一同がその方向を見上げた次の瞬間、
監視システムの警報音が鋭く響き渡る。

「米賀変電所 遮断器 開放!」
主任がモニターに駆け寄ると、赤い文字が次々と表示された。

「出音変電所 遮断器 開放」
「阿留変電所 瞬時電圧低下 発生」
「◯◯変電所 母線電圧異常」

次々と流れる警報メッセージに、スズは息を呑んだ。
画面は赤や黄色の警報で埋め尽くされ、点滅する警告ランプが
目に焼き付く。警報音の連続が事務所の空気をさらに張り詰めさせた。

「火災発生の警報も確認!」
主任の声が響くと、事務所内の他の職員たちもモニターに駆け寄り、
それぞれの役割を確認し合う声が飛び交い始める。
電話が一斉に鳴り、複数の緊迫した声が同時に響き渡る。

「米賀変電所の火災って……まさかGISが?」
誰かの声が漏れた。その言葉にスズの胸が締め付けられるような感覚を
覚えた。GISで火災が起きれば、その影響は極めて深刻だ。
絶縁用のガスが発火し、周囲に有毒ガスを発生させる恐れがある。
それだけでなく、変電所全体が長期間機能停止となれば、
広範囲で停電が発生し、復旧にも膨大な時間と労力が必要になる。

(本当にGISが……?)
スズの思考は情報の奔流に追いつかず、ただ状況に飲み込まれていく感覚があった。

制御所からの緊急電話が鳴った。主任が受話器を取り、
相手の声を聞くとすぐに動き出した。
「鈴木、制御室でモニター監視を続けろ!山田、消防隊との連携を頼む!」
そしてスズを振り返り、肩を叩きながら言った。
「スズ、俺たちは現場に行くぞ!」


緊急車両に飛び乗ると、赤色灯が激しく回転し、
サイレンの音が雨音を切り裂いて響いた。
車内では主任が無線を握り、制御所や消防隊との連絡を矢継ぎ早に進めていた。

スズは助手席で固く拳を握りしめた。
目の前で起きている事態の重大さに、胸の奥が重たくなる。
それでも、今はただ現場に向かい、主任の指示に従うしかない。

雨の中、緊急車両は全速力で米賀変電所へと向かう。
赤い炎が視界に入った時、スズは深く息を吸い込み、覚悟を決めた。

10話に続く



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天乃零(あまの れい)
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