【電力小説】目と手で覚えろ―現場で学ぶプロの技
第三話「屋外開閉所の挑戦」
「スズ、今日は屋外開閉所の点検に行くぞ。」
その一言に、佐藤スズは内心ドキッとした。屋外開閉所の点検は初めてだ。それに、今日同行するのは松下先輩――筋肉質で威圧感のあるこの先輩は、真剣な仕事ぶりで有名だった。
「はい、よろしくお願いします!」
スズは緊張を押し隠しながら、夏用の作業服にヘルメットをしっかりとかぶり、工具箱を持って松下の後ろについていった。
屋外開閉所にて
開けた空間に、ずらりと並ぶ屋外遮断器。周囲には「立入禁止」の黄色い看板がいくつも立ち、微かな充電音が空気を震わせている。スズは少し汗ばみながら、遮断器の前で立ち止まる松下を見上げた。
「スズ、遮断器の点検だ。ボルトの締め付け状態、接点の摩耗、金具の腐食がないか、全部確認するぞ。」
「はい!」
スズが返事をすると、松下はスパナを手に作業を始めた。その手際は恐ろしいほど正確で、スズはただ圧倒されているしかなかった。
スパナが合わない!
「このボルト、緩んでるな。」
松下が遮断器のボルトをチェックしながら言った。スパナを当ててみたが、サイズが合わない様子だ。
「スズ、建屋に戻ってスパナを取ってこい。サイズは自分の目で見て判断しろ。」
「はい!」
スズは少し戸惑いながらも返事をし、建屋へ向かって走り出した。遮断器から建屋までは走って5分ほど。工具棚にはずらりとスパナが並んでいる。
1回目の往復
「たくさんある……1インチ毎にこんなに違うのか。」
スズはボルトの大きさを思い出しながら、一番近そうなスパナを選んで現場に戻る。松下に渡すと、先輩はスパナを当ててみて、短く一言。「違う。」
その言葉にスズは顔が赤くなるのを感じながら、「すみません!」と再び走り出した。
2回目の往復
「見た目だけじゃダメだ……。」
次は、ボルトの太さを指で測りながらスパナを選ぶ。慎重に選んで現場に戻るが、松下はまたも「違う。」
松下のため息にスズは焦りを感じながらも、「次は絶対に合うサイズを持っていこう」と気を引き締めた。
3回目の挑戦
「今度こそ間違えない!」
スズは建屋に戻り、ボルトの形を指で測りながら、慎重にスパナを選ぶ。自分の手とスパナのサイズを何度も確認し、心を込めて選んだ一本を持って現場へ戻った。
松下が無言でスパナを受け取り、ボルトに当てる。「これでいい。」
その一言に、スズは思わず肩の力が抜けた。
作業終了後の教え
点検を終え、建屋に戻る途中、スズは松下に言った。
「すみません、何度も往復して……。」
松下はちらりとスズを見て、小さく笑ったように見えた。
「手を道具にしろ。それでサイズを大体見当つけられるようになれば、現場じゃ役に立つ。けどな、本当に大事なのは、ちゃんと測って確実にすることだ。感覚だけで進めて、ズレてたら事故になる。手と道具、両方使えるようになれ。」
スズはその言葉を噛みしめた。現場では感覚と確実性の両方が求められる。それを学んだ今、自分の未熟さを痛感しながらも、「次はもっと上手くやれる」という気持ちが芽生えていた。
帰り道の決意
車で帰る道中、松下がポツリとつぶやく。
「まあ、今日のスパナ選びは合格だ。」
その言葉に、スズは思わず顔を上げた。「えっ、でも何度も間違えたのに……。」
「間違えた分、身体で覚えただろう。それでいい。」
スズは松下の言葉に、心の中で「次こそ一発で持っていく」と誓った。汗ばむ夏の中、スズは現場で働く意味を少しずつ掴み始めていた。