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未来の技術者たちへ【電力小説第4章9話】

漆師制御所の朝は、いつもより少し騒がしかった。年に一度の「家族見学会」の日がやってきたのだ。制御所の技術者たちが家族を招き、送電網の監視や電力の流れを支える日常を紹介する恒例イベントだ。

「見学会、か……」スズは緊張した表情で操作卓に向かっていた。新人の自分が家族に説明をするなんて、本当にできるのだろうか。そう思うと、少し肩が重く感じられる。

「気楽にいけばいいんだよ。普段通りで大丈夫だから」隣の福留翔太が笑いながら声をかける。

「普段通り、ですか……」スズは小さく頷いた。

「そうそう、難しく考えない。むしろ子どもたちと話してみると楽しいよ」神谷凛が明るい声で言う。その言葉に少し救われた気持ちになり、スズは小さく息をついた。


見学会が始まると、家族連れが次々と制御所にやってきた。大きなモニターに映る複雑なデータや送電網のリアルタイムの動きに、子どもたちは目を輝かせている。

その中に、柴崎隆司当直長の妻と娘の姿があった。
娘の名前は、天宮リリカ。小学校4年生の彼女は、どこか大人びた雰囲気を漂わせつつも、父親の仕事を間近で見るのは初めてらしく、興味津々で辺りを見回している。

「お父さんが働いてるところ、初めて見た!」リリカが無邪気に言った。

「今日は特別だからな。ちゃんと見ておけよ」柴崎は少し照れくさそうに答える。

リリカはスズの近くに来て、「このボタンで電気を動かしてるの?」と指を指した。モニターに映る操作パネルが気になるようだ。

「いい質問だね。実はこのボタンで電気を動かすんじゃなくて、ここでは電気の流れを見守るんだよ」スズはしゃがんで、リリカと目線を合わせながら説明する。

「どうして見守るの?」リリカが首をかしげた。

「電気は目に見えないけど、みんなの家で安全に使えるように、ここで困ったことが起きないようにチェックしているの。ちょっとした変化も見逃さないようにしているんだよ」

「すごい!スズさん、かっこいい!」リリカが目を輝かせて言う。

その言葉に、スズは少し驚き、そして少しだけ自信を持つことができた。


見学が進む中、モニターに軽微な異常が表示された。潮流データがわずかにズレを見せている。

柴崎が状況を確認し、「これもいい機会だな」と声を上げる。「スズ、確認して報告してくれ」

「はい!北西エリア、潮流データが基準範囲からわずかに逸脱しています。負荷調整を行えば問題ありません!」スズははっきりと報告し、迅速に操作を確認した。

「よし、対応を進めよう」柴崎が指示を出し、神谷や福留も連携して作業を進める。トラブルはすぐに解消され、モニター上のデータは再び安定した。

見学していた子どもたちや家族から「すごい!」と歓声が上がった。リリカは父親に駆け寄り、「お父さん、本当にヒーローみたい!」と笑顔を見せる。

「そうか?普段通りだけどな」柴崎は照れくさそうに笑った。


見学会の終了後、柴崎の妻が彼に声をかけた。

「あなたがこんなに大変な仕事をしているなんて知らなかった。いつもありがとう」微笑みながらそう言うと、柴崎は少しだけ頷いた。

リリカも「私も大きくなったらパパみたいなお仕事したい!」と嬉しそうに言った。その言葉に、スズは胸の中に温かい感情が広がるのを感じた。


制御所が静けさを取り戻し、スズはモニターを見つめながら小さく息をついた。家族たちの素直な感想や子どもたちの輝く目が、改めて自分の仕事の意義を教えてくれた気がした。

「もっとここで経験を積んで、信頼される技術者になりたい」
静かにそう心に誓うと、スズは操作卓に向き直った。

制御所の窓の外、空には夕陽が柔らかく差し込んでいた。

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天乃零(あまの れい)
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