【電力小説第4章第4話】操作表と成長の循環
「現場って、本当に分かってるのかな?」
電話越しに聞こえる若手社員の曖昧な声を耳にしながら、佐藤スズは画面を見つめていた。操作表作成を任されるのも、現場との調整を行うのも初めての経験だ。緊張で固くなりそうな自分を落ち着けるため、彼女は受話器を握る手に少し力を込めた。
その時、スズの頭に新人時代の記憶がよみがえった。
回想:新人時代の電話当番
大狗電力センターの保守課で初めての電話当番に臨んだ日。
「スズちゃん、今日は電話当番ね。頼んだよ」
古川主任の明るい声を聞きながら、「大丈夫かな……」と不安を隠せなかった。
午前11時半、電話が鳴る。
「保守課の佐藤です。お世話になっております」
知碓制御所からの低く落ち着いた声に、スズは思わず背筋を伸ばした。
「1週間後の負荷遮断試験について確認したい。現場で遮断器を開放するのは12時ちょうどで問題ないか?」
スズは焦りながらも、事前に準備していた資料を確認し、何とか答えた。「はい、その予定です」
電話を切った後、安堵したのも束の間、失敗のリスクが頭をよぎった。自分の対応が試験の成功に直結しているという緊張感が、胸に重くのしかかる。
「あの時、私も不安でいっぱいだったな……」
現実:現場との調整
スズは現在に意識を戻し、受話器を握り直した。「あの時の自分みたいに、相手もきっと不安なんだ」と思うと、気持ちが少し落ち着いた。
「現場の保守操作は、こちらの系統変更完了後に開始してください。送電線Aは北側の範囲まで、送電線Bは変電所Zの手前までです。この内容で問題ありませんか?」
相手は「あー、たぶん大丈夫っす」と曖昧な返事を繰り返した。
スズは相手の不安を察し、操作範囲を再確認しながら丁寧に説明を重ねた。「こちらで系統変更を終えたら、保守操作を開始してください。それまでは操作に入らないようお願いします」
少し間を置いて、電話越しの声が返ってきた。「了解っす! これで大丈夫です!」
スズは内心でほっと胸を撫で下ろした。
業務終了後:柴崎との会話
電話を切ったスズに、柴崎当直長が声をかけた。「どうだった?現場との調整は」
スズは画面に映る操作表を見つめながら答える。「若手の方が担当されていて、少し不安そうでした。でも、範囲や手順を何度か説明して、最終的には納得してもらえたと思います」
柴崎は頷きながら、「それならよかった。現場に安心感を持たせるのも制御所の役割だ。自信を持って次に進めばいい」と短くアドバイスを送る。
隣の神谷も笑顔で言った。「最初はみんなこんなものよ。でも、現場に伝わる説明ができると、制御所全体の信頼が高まるのよ」
スズの成長の実感
スズは回想の中の自分と、今の自分を重ね合わせた。
「あの時、制御所が私を支えてくれたから操作できた。今度は私が現場を支える立場なんだ」
画面に映る送電線の緑のラインを見つめながら、スズは心に新たな目標を掲げる。「もっと簡潔でわかりやすい説明を心がけよう」。その手には、次の改善点を書き留めたノートがしっかりと握られていた。