【電力小説】電話の向こうの世界
第1話「電話の向こうの世界」
電話当番の緊張感
「スズちゃん、今日は電話当番ね。頼んだよ。」
大狗電力センターの保守課に配属されて3か月。佐藤スズはついに初めての電話当番を迎えた。古川主任のにやりとした笑顔に、「何か大変なことが起こる」という予感を覚える。
電力センターの電話対応は、知碓制御所や中央給電指令所からの連絡が中心だ。特に、1週間後に予定されている発電機の負荷遮断試験に向け、準備が本格化しているこの時期は、ミスが許されない。どんな些細な確認ミスでも、試験の成功に影響を及ぼす可能性がある。
「私で大丈夫かな……。」スズは不安を抱えながら、自分のデスクに座った。
知碓制御所からの電話
午前11時30分、電話が鳴った。
スズは深呼吸をして受話器を取る。
「保守課の佐藤です。お世話になっております。」
「お疲れ様です、こちら知碓制御所の宇治川です。」
低く落ち着いた声が聞こえる。スズは背筋を伸ばし、応対に集中した。
「1週間後の負荷遮断試験について確認したい。現場で遮断器を開放するのは12時ちょうどで問題ないか?」
スズは事前に準備していた試験計画の資料を急いで確認する。
「はい、試験当日は現場で12時ちょうどに遮断器を開放する予定です。その後、同期操作準備を13時から開始する計画です。」
「了解した。そのスケジュールで進める。何か変更があれば早めに連絡してくれ。」
「承知しました。お疲れ様です。」
電話を切り、スズは一息ついた。資料をしっかり確認しておいたおかげで、スムーズに対応できた。しかし、負荷遮断試験という言葉を思い返すと、自然と緊張が蘇る。この試験は、発電機が送電系統から切り離される際の挙動を確認する重要な工程だ。タイミングがずれれば試験そのものが失敗し、最悪の場合、機器の損傷に繋がるリスクもある。
中央給電指令所からの電話
午後2時過ぎ、再び電話が鳴った。スズは受話器を取ると、少し強めの声が飛び込んできた。
「こちら中央給電指令所の冬木です。」
「お世話になっております。保守課の佐藤です。」
その名を聞いた瞬間、スズは少し緊張した。冬木理久――中央給電指令所の若手担当者で、無駄のない効率的な指示で知られている。現場技術者にとって、彼からの電話は決して軽んじられるものではない。
「来週の負荷遮断試験に関連して、ダムの放流量調整が必要になる可能性がある。その場合、試験スケジュールに影響は出ないか確認しておいてくれ。」
スズは慌てて資料を開き、上司や先輩から聞いていたダムの運用計画を頭の中で整理する。
「はい、現在の計画ではダム放流量の変更が試験スケジュールに影響を及ぼすことはありません。ただし、天候次第で再調整が必要になる場合がありますので、引き続き情報共有をさせていただきます。」
「分かった。追加で確認事項があればまた連絡する。」
「承知しました。お疲れ様です。」
受話器を置くと、スズはまた大きく息を吐いた。負荷遮断試験の重要性を思い知らされるやり取りばかりだ。1週間後、現場で行う試験の成功を支えるのは、こうした準備段階での周到な確認と調整だと、スズは改めて実感する。
古川主任の言葉
夕方、古川主任がデスクにやってきた。
「スズちゃん、今日はどうだった?電話当番。」
「緊張しましたけど、何とか対応できました。でも、負荷遮断試験がこんなに重要だって、改めて分かりました。」
主任はコーヒーを差し出しながら笑う。
「だろう?うちの仕事は地味に見えるけど、現場の操作一つが電力供給全体に繋がってる。スズちゃんの今日の確認が、試験の成功を支える一歩になってるんだよ。」
その言葉に、スズは少し誇らしい気持ちになった。電話の向こうには広大な電力運用の世界が広がっている。そして、自分もその一端を担っている。
「この仕事、案外やりがいありますね。」
スズは小さく微笑みながら、主任の言葉に深くうなずいた。