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再エネと電圧【電力小説】第4章7話

昼の太陽が真上に昇る中、漆師制御所の窓からは、遠くの山々が薄く霞んで見えた。穏やかな晴天に恵まれた日だった。

スズはモニターを眺めながら、小さく息をついた。隣の福留が声をかけてくる。

「何かあったか?」 「いえ、ただのニュースを見ていて……。再エネがついに地域で50%を超えたって記事を読んだんです。すごいことですよね!」

スズは笑顔で画面を指さした。そこには、太陽光や風力発電が増えているというニュースが映し出されていた。

「再エネが増えれば、もっと持続可能な未来になる。技術者としてこんな時代にいられるなんて、ちょっと誇らしいです。」 「そうだな。俺たちの仕事も大事になる一方だ。」

福留は軽く笑ったが、その表情には一抹の複雑さがあった。彼が再び口を開くより早く、監視盤から鋭い警告音が響いた。


「電圧逸脱警告!」
スズは画面を見つめ、緊張が走る。監視盤には「逆潮流検知」と赤い文字が表示されていた。

「またか……。」神谷がため息をつきながら、状況を確認する。
「低圧や高圧の太陽光発電が、逆潮流で電圧を押し上げてる。このままだと許容範囲を超えるかもしれない。」

スズが驚いたように振り向く。「逆潮流って、家庭や事業所の太陽光から送電線に戻るやつですよね?」
「そう。昼間に発電が多くて需要が少ないと、こうなる。」神谷が簡潔に答えた。

さらに柴崎が補足する。「問題はそれだけじゃない。電圧の変動が激しくなりすぎて、保護リレーの整定が追いつかなくなってきている。設定を緩めればトラブルが増えるし、厳しくすれば動作頻度が上がる。どっちにしても厄介だ。」

「そんなに大変なんですか……。」スズは、変電所勤務時代の経験を思い出した。


変電所での日々

スズが変電所で働いていた頃、電圧は今ほど不安定ではなかった。タップ操作は自動制御され、1日数回程度の調整で済んでいた。

あの頃、スズは500kV級のGISや変圧器の巡視を担当し、故障や異常の兆候を確認するのが主な仕事だった。逆潮流という言葉も聞いたことはあったが、現実の課題として感じたことはなかった。

しかし、今は違う。


「再エネが増えると、こんなにも現場が変わるんですね。」スズは呟いた。
神谷が頷きながら言う。「再エネ普及は良いことだけど、現場の調整が追いつかなければ、その恩恵を十分に活かせない。だから現場が支えてるんだよ。」

柴崎が続ける。「これからは各家庭にも太陽光発電が普及していくだろう。それが義務化されたら、電圧の変動はもっと激しくなる。」
スズが目を見開く。「さらに難しくなるってことですか?」

「そうだ。でも、それに対応するのが俺たちの役目だ。」柴崎の声には力がこもっていた。


未来を支える力

スズは監視画面に目を戻した。警告は収まり、逆潮流の影響も一時的に落ち着いた。だが、再エネが増える未来に向けて、現場が果たす役割はますます重要になることを感じた。

「私、変電所で学んだことをもっと活かせるようになりたいです。」スズは静かに口にした。
柴崎が微笑む。「それでいい。現場を学び続ける技術者がいる限り、未来はもっと明るくなる。」

太陽の光が輝く昼下がり、スズは新たな決意を胸に抱きながら、再びモニターを見つめた。




スズの電力用語豆知識講座:逆潮流

「さて、今日は『逆潮流』についてお話しします!」

逆潮流とは?
「逆潮流」というのは、本来、発電所から需要家(家庭や事業所など)に流れるはずの電力が、逆方向――つまり需要家側から配電網に向かって流れてしまう現象のことです。

どうして逆潮流が起きるの?
最近では、家庭や事業所で太陽光発電システムを導入するケースが増えていますよね。これが昼間の晴れた日にたくさん発電すると、使いきれなかった余剰電力が配電網に押し戻される形で流れ込みます。これが「逆潮流」です。

どんな問題が起きるの?
逆潮流が増えると、以下のような課題が現れます:

  1. 電圧上昇
    電力が逆流すると、配電線や変電所の電圧が上昇してしまうことがあります。これが許容範囲を超えると、機器の故障や停電のリスクが高まります。

  2. 保護リレーの整定が難しくなる
    電圧や電流の流れが複雑になると、機器を守るための保護リレーの設定(整定)が難しくなります。これにより、異常時に正確に動作しないリスクが増えるんです。

  3. 運用の負担増加
    配電網の運用者は、こうした逆潮流による影響を監視し、電圧を安定させるためにさまざまな調整を行わなければなりません。

これからどうなる?
逆潮流は、太陽光発電が増える地域ほど顕著になると予想されています。もし将来的に各家庭に太陽光発電が義務化されるとしたら、この現象に対応する技術や運用方法がますます重要になりますね。


「再エネの普及は素晴らしいことだけど、それを支える技術や現場の努力があってこそ成り立っているんです。逆潮流という言葉、ぜひ覚えてくださいね!」

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天乃零(あまの れい)
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