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東京芸術中学に通った話(1)

はじまり

2020年6月30日、「東京芸術中学」のURLが夫から送られてきた。そんな私立中学聞いたことないと思いながらホームページへ飛ぶ。毎週土曜のスクールで、目を疑うような顔ぶれの講師陣が並んでいた。場所は渋谷パルコ?2020年の9月から開校で、その頃娘はまだ小学6年生。保留案件として私の脳内に保存された。それがはじまり。

2021年3月、娘がいよいよ中学生になる頃、6月以来ぶりに夫に東京芸術中学の話題をふってみた。共働きで基本自炊の私達は台所で呑みつつ夕飯作りを分業していた。唯一の考えるべき事項は年間30万円という高いのか妥当なのか判断できない費用のことだった。娘がまだ生まれて間もない頃、学問を生業にしている義父が、教育にはお金がかかるのだとしみじみ言っていた。良い学びを得るためにはためらうことはない。1分も会話しないうちに結論がでたと記憶している。4月が迫っていたため、夫がメールでやり取りをして早速入学が決まった。私はてっきり習い事にお決まりの見学などのステップを踏むのかと思っていたので少し戸惑った。年間契約だったので途中で離脱できそうにない。こうなったら仕方なし、少ない情報から得たかけらを寄せ集めて確信とし、思い切りよく飛び込む覚悟を決めた(この時点でどんなに漁っても受講者のリアルな口コミなどがなかったことが、この文章を書く動機でもある。なお、今はオンラインでの単発受講という選択肢もある)。

娘はというと。私は、春までに何度か「東京芸術中学」という良さげなスクールがあるけど行ってみないかと打診していた。娘はどうやら「芸術」という言葉を重く感じ、凄く絵が上手いなど才能がある人々の集まりのようなイメージがあるのか気が引けているようだった。そのうえ本人には今のところクリエイティブ関係の道に進みたいという思いはない。希望といえば、何とか食べて生活し、死なずに生き延びるということだ。生きるということに関しては人一倍危機感がある娘である。コロナ禍でも顕になったが、クリエイティブであることが全ての仕事において重要度を増している。主宰者の狙いとは少しずれるが、生きていく術を身につけるべく毎週末大好きな渋谷パルコに行きましょうということで4月を迎えた。

初日

渋谷は娘にとって特別な街である。東京芸術中学が、新宿や六本木や銀座ではなく渋谷で開講ということは、通おうと思った理由の一つだ。娘は再開発でどんどん新しくなる渋谷を感じながら育ち、これまでの様々な経験が街の記憶として残っている。会場のGAKUがある渋谷パルコはリニューアルしてからNintendo TOKYOができ、スプラトゥーン愛から整理券をもらって何度も通っていた。初登校の2021年4月3日、渋谷の街は土曜の午後なのにコロナ渦で閑散としていた。普段ならわくわくする渋谷の目抜き通りを黙々と歩いてパルコに向かう。「東京芸術中学」では保護者の聴講が許可されている。娘の緊張とは裏腹に、夫と私は好奇心に背中を押されて公園通りの坂道を上った。

渋谷パルコの9階にあるGAKUは、ぱらぱらと人がいて静かな雰囲気だった。生徒は中一から中三まで10人くらい、保護者も数名来ていた。初日は主宰者である菅付雅信さんの講義だった。最初から子ども扱いしないという菅付さんの断言通り、熱のこもった雰囲気に娘が圧倒されてはいないかと心配になった。そんな私の心配をよそに、2か月も過ぎれば慣れた様子になるのだが。中学生時代からこの雰囲気に身を置くと、甘い世界では物足りなくなるだろう。初日の2時間半の講義が終わり、私達は今後の展開がよくわからない状況に上手く感想を持てず、言葉少なに帰路についた。

講義と課題

ゴールデンウィークや夏冬休みを除いてほぼ毎週末通った。コロナでオンライン受講も可能だったが、現場で超有名クリエイターの方々と同じ空間に居ると少しは身近に感じられるものだ。一人の講師が大体2回分の講義を担当され、2回目が翌週の場合もあれば少し先になることもある。1回目と2回目の講義の間に課題がでる。そして、この講義を受けるまでにこの本を読んでおいたほうがいいとか、この展覧会がおすすめだとか、盛り沢山である。

講義は基本ゲスト講師が進めていき、画像を観たり、その場でボードに書かれていくような時もある。隣で菅付さんが相槌を打ったり、ちょっとした秘話を織り交ぜたり、難解な言葉は時々説明を付け加えてくれたりして進んでいく。生徒達はメモを取るなどして聴いており、大体最後に質問タイムがある。大人相手だと出てこないような急角度からの質問にも、皆とても丁寧に誠実に答えてくださる印象だ。講師の方々には勝手に気難しそうなイメージを抱いていたが、全くの思い違いであった。手掛けられた作品は言うまでもなく、人柄にもとても惹かれるのである。

提出した課題は皆の前で発表し、それに対して講評してくださる。何故このタイトルにしたのか、どういう意図があるのかなどの質問にも皆の前で答えなければならず、大変貴重な機会である。また、同世代の作品に触れることは大いに刺激となる。

そういえば初日の講義の後半、生徒たちは他己紹介をし合った。初対面の人へのインタビューの難しさを思い知ることになるのは、その後の宇川直宏さんの講義で、他己紹介では全く引き出せていなかった生徒達の個性が花開いた時だった。更にその後の菅付さんの講義の夏休みの課題では親に何時間もインタビューをすることになる。東京芸術中学は1講義だけを切り取って受けてもとても面白いのだが、継続することで学びが繋がり、広がっていくのである。

Chim↑Pom from Smappa!Groupも展示に使ったパルコのネオンサイン


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