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東京芸術中学に通った話(3)


講義の記録 その2

アートディレクターの矢後直規さん
クリエーションの日々を作品を解説しながらお話ししてくださり、コロナ禍での変化などもお伺いすることができた。課題は、矢後さんが度々手掛けられているラフォーレ原宿の広告を作成すること。そしてサイズ指定でA1とのこと。大きい。大きいことも課題なのだ。大きいというだけで結構大変なものなのだなと思い知る。発表まで約1か月の期間があったが、なかなか取り掛からないのが我が娘。まずは行ったことがないラフォーレ原宿に行ってみるところからである。いつも通り夫が連れて行ってくれるのだが、2階で食べたブリトーが気に入って再訪していた。煮詰まりつつ、これまでの広告や、ラフォーレ原宿とは何ぞやということをインターネットで調査し、服の起源へと話が及ぶ。そして漸く発表当日の朝、小道具を集めて近所の公園で撮影に漕ぎつける。今回も誰にも見られていませんように。その後、印刷に苦労して講義終盤に持ち込むという始末。生徒達の作品は手法も含めてバラエティ豊かで、中学生の段階ではっきり方向性が違っている点が興味深かった。

ここに貼るかんじで。この時は、その後講義を受けることになる上西祐理さんのビジュアル。
エスカレーター横もイメージして。

アートディレクターの上西祐理さん
これまでに手掛けられた仕事の話を通して、アートディレクターと聞いて思い浮かべていたイメージとは異なるロジカルな思考のプロセスを感じることができた。話がとても明快でわかりやすく、ストンと腑に落ちるのだ。課題は、皆でコンビニに行ってそれぞれのお気に入りの商品を1点選び、その商品のリブランディングすること。娘は、選んだ商品の現行パッケージを詳細にダメ出しし、ライバル商品をコンビニで大人買いして比較してさらにダメ出しした上で、そのダメさがいいのではということになり、一周まわって少しのデザイン変更で発表していた。世の中に出回っている定番デザインというのは奥が深い。広告やコマーシャルを作るほど余力はなかったのだが、プレゼン直前にやっとひらめいたというキャッチコピーを織り交ぜ、発表しながらもしぶとく考え続けていた。

机の上がToppoとPockyでいっぱい。

ファッションデザイナーの森永邦彦さん
現実世界と仮想世界の境界線を越えたANREALAGEの最新コレクションを観賞したり、VRゴーグルでメタバースを体験したり、光る素材を用いた実際の服も見せて頂いたりで未来を感じて心躍った。課題はデジタルドレスの制作。一人ずつのテーブルにトルソーと大きな紙に印刷された人型シルエットが置かれ本格的。三角形にカットされたANREALAGEオリジナルテキスタイルを組み合わせてデザインしていく。服のデザインは初めての経験だったが、娘は異常なほど迷いなく形と色を決めていて驚いた。「あつまれどうぶつの森」のマイデザインでの服作りが効いているのだろうか。2回目の講義では、作品を3Dパタンナーの方がリモートでその場で最終調整してくださり、仮想空間でファッションショーが行われた。日本で、中学生が、ほかにどこでこんな講義を受けられるだろうか。

オリジナルの光る素材など、三角形だけで作っていく。

電子音楽アーティストの渋谷慶一郎さん
ドバイ万博前ということで1回の開催となったが、アンドロイドオペラなどの作品を観賞し、独自の世界観に引き込まれつつ解説を聴けるという貴重で濃厚な機会となった。何かがどんなに上手でも、コンセプトがないと世界では通用しない。世界中で活躍される渋谷さんから発せられる言葉は重くて説得力があった。ところで、ぬくぬく日本で生きていこうとしている娘は、とっつきにくいオペラがボカロと組み合わさることで近く感じられたそう。逆もあって、オペラ側の人もボカロに興味持ちやすくなるよね、と言っていた。

グラフィックデザイナーでアートディレクターの色部義昭さん
銀座の日本デザインセンターで行われた課題なし1回の特別開催。銀座の夜景を見渡せるデザインセンターの大きな丸テーブルと資料室を見学して現場の雰囲気を味わうことができた。色部さんのこれまでの作品がテーブルに並び、携わった仕事を紹介して頂きながら進められ、サインやフォント好きの娘には興味深い回だったと思う。講義が終わってデザインセンターを出たら、真向かいのクロネコヤマトの猫が輝いて見えた。本と活字館や市原湖畔美術館に行ってみたくなったし、大阪メトロにも乗りたい。

つい指示通りOPENしてしまう佇まいの本

編集者のジョイス・ラムさん
世界初の映画からヒッチコックのオマージュ比較など、イメージの歴史を辿った。編集の仕事についても実物の束本を手に取りながらミリ単位のデザイン修正の話や、実際に手掛けた片山真理さんの作品集完成までの現場ならではの興味深いエビソードを聞くことができた。映画史にしても編集の話にしても、日本の全学生に早い段階で聴いてほしい内容である。大学で芸術系の科目を選択したらやっと出会えるようなことなのだろうけど、早期に触れている人達と比較した時に、会話が成り立たないほど深刻な差ができているのだ。というのは私自身の体験談でもある。

編集者の菅付雅信さん
主宰者の菅付さんの講義も年間を通して織り交ぜられる。映画「風の谷のナウシカ」や森村泰昌さんの「『美しい』ってなんだろう?美術のすすめ」を題材にした回。他にも、フォント、建築、デザインアワード、ストリートアートなどテーマは多岐に渡った。これらの菅付さんの講義が、娘の知見をじわりじわりと厚くしていった。その中で、夏休みの宿題として親のノンフィクションを書こうという課題が出た。親の素性が明かされる、こっ恥ずかしい話である。しかも今まで聞いたことのないようなことをほじくり返すようにとの指令が出ている。何とか夫にインタビュイーを押し付けることに成功したが、レコーディングしながらインタビューするだけで3日間ほどかかり、4000字から1万字の文章にまとめるのにさらに数夜。最後のほうは雑多な部屋で締め切り間近のライターのようにデスクにかじりついていて、我が娘の将来が垣間見えた気がした。人にあまり興味を持たない娘にとって、人に話させるのはなかなか難しい。夫のサービス精神に手伝ってもらったものの、1万字近く書けたことへの達成感と早いタイピング技術を得ることができたそうだ。いつも通り、課題の意図とは異なる収穫をする娘である。

レコードした音声を再生しながら書いていく。
夜中まで黙々と。




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