俺が戻ってきた の事
去年のお盆はICUにいた。父の納骨にオンラインで参加した数日後だった。調べる前からわかってはいたが、八月十三日を最後に、原稿もメールも途絶えている。ICUで医師に書いた手紙はとうに渡してしまっていた。
八月二十一日の原稿を読み返す。「母の葉書をなくしてしまった」
四隅が黄ばんだ葉書を読み返してみるまでもない。葉書に書かれた言葉はそらんじていた。原稿用紙にも書いてある。ICUで読もうとしたのに、めがねがなくてまったく読めない葉書に必死で目を凝らしていただけだった。
八月二十一日の原稿を読み返す。
「彼は今、よちよち歩きの子供だ」
徘徊したまま迷子になった母と、死ぬまで相場をやっていた祖父と、蚕種と俳句のことが書かれている。
「彼にはすべての物事が、すでに起きてしまっており、その通りに生起するだけだといつも思えるのだ。しかしこうして書いている時にはわからない」
「彼は電車通りに向かっている」
「指先をセメダインで固めた父親と、母の白い手の話をしたのは最後に信達を車でひとまわりした時だった」
「母と最後に散歩をしたのは、八月の残暑も厳しい頃だった」
散歩をした二〇二一年の原稿が貼り付けてある。
「阿武隈川の堤防で、花を差し出した母の手をじっと見つめた。はっとした。はじめてだった。今まで握っていた母の手はこんな手をしていたの
か。老婆のように皺だらけというより若い女性のようで指先がほっそりした小さな手。母はこの手で今まで、生きて来たのだ」
なくした葉書が戻ってきたのは九月に入ってからだった。何をするモチベーションもなくして抜け殻のようになっていた。九月十日のことは彼にも電話で話したはずだ。
「俺が戻ってきた」