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29_2ndプロジェクトの活動デザイン 【山の日本語学校物語】
これは、とある町に開校した「山の日本語学校(仮名)」の物語です。PBL(Project-Based Learning:プロジェクト型学習)を通して、ITエンジニアがどのように言語を学び、専門性を身につけていったのか、また、語学を専門とする日本語学校が、どのような組織として、専門領域や地域社会と結びついていったのか、さらには、そこでの教師の役割などを探究していきます。
下記のマガジンで連載しています。
前回まで(26〜28回)は、2ndプロジェクトのデザインにあたり、様々に検討したことを整理し直しながら記述してきました。「問題点の捉え直し→活動要件の設定→コンセプトの着想→目標設定→課題設定」のように検討プロセスを説明しています。今回は、ここまで検討した内容をもとに、どのように活動をデザインしたのかについて説明したいと思います。
活動に対する基本的な考え方
はじめに、私のプロジェクト活動に対する基本的な考え方について整理しておきたいと思います。1stプロジェクトでは、「フィールドワークから課題を抽出し、その課題を解決するためのアイデアをまとめてプレゼンする」という、いかにも「プロジェクト」な活動を考えました。これには、「プロジェクトとは何か」を体験してもらう意図もありました。
ITエンジニアが、実際に手を動かして、コードを書き、プロトタイプを製作するというのは、情報工学系のPBLでも行われている典型的なプロジェクトの一つです。
しかし、私は、こういったプロジェクトの形にはこだわっていませんでした。特に、自分の関心ごとややりたいことが明確になっていない現段階では、もう少し違った形のプロジェクトが必要なのではないかと感じていました。
ただし、こちらから一方的に、「これをやってください」と提示したものでは、課題の一つである「やらされている感」を払拭できないだろうとも思いました。プロジェクト活動は、「やるな」と言われてもついやってしまうくらいの、ワクワク感があふれるものである必要があると思っています。
そのために、以下のような活動を意識しています。
答えがないものを探究する
手や身体を動かす作業を必要とする
最終的に一つの作品を創る
上記の要件を満たすとなると、必然的に「創造的な活動」になります。
言語教育という側面から考えると、このような「創造的な活動」は、新しい自分のことばを生み出すきっかけになるのではないかと思っています。自分の頭の中にあるもやもやしたものを、言語化して説明するというのは、言語活動としても非常にクリエイティブでおもしろい経験です。
そこで、2ndプロジェクトでも、手を動かしながら、何か一つの作品を創り上げる活動をデザインするよう心がけました。
活動形態の検討
まず、活動をどのような形態で行うのかを検討しました。前回は、3〜4人のチームを作って活動をしました。しかし、今回は、それぞれの関心ごとを掘り起こすことが目的だったため、チームでの活動は難しいのではないかと考えました。それよりも、まず、一人一人が自分の関心を深く掘り下げ、じっくり考える時間が必要ではないかと思いました。
また、言語目標としていた「聴く」という作業は、個人作業の方が向いているのではないかと考えたため、今回は、チームでの活動をあえて設定しないことにしました。
そうはいっても、プロジェクト自体は、クラスで行うため、クラス全体で検討する時間を十分に取るようにデザインすれば、独りよがりのものにはならないだろうと考えました。
活動内容の検討
ここからは、具体的な活動を検討していきます。27回(2ndプロジェクトのコンセプト)で説明したように、「私の未来予想図」をコンセプトとした活動です。
活動の大枠としては、学生自身がどんな未来を考えているのかを形にしてもらうことを考えていました。未来のことは、誰にもわかりません。これは、「答えのないもの」を探究する活動になります。とはいえ、「未来」といったときに、どのあたりの「未来」をさすのか?この辺の設定が必要です。
28回「2ndプロジェクトの目標設定」でも書いたように、2ndプロジェクトでは、キャリア教育の目標として、「ITエンジニアとしてのキャリアを考える」を設定しました。多くの学生は、20代前半でしたから、今後のキャリアと重ね合わせて考えると、これから30年くらいを射程に入れる必要があります。そこで、2050年の未来を想定することにしました(このプロジェクトを行ったのは、2018年です)。
次に、最終的にどのような作品を創るのかという点です。最終ゴールは、「私の未来予想図」とあるように、手を動かすクリエイティブな作業をしながら、何らかのビジュアルで表現することを考えました。といっても、はじめての活動であり、学生がどのような表現スキルを持っているかは、当時、想像できませんでした。
そこで、作品の最終的な形については、指定しないことにしました。ポスターでも、イラストでも、スライドでも、動画でも、それぞれが得意な表現方法を選択できるようにし、自由度を持たせることにしました。
活動の妥当性の検証
こんな感じで、なんとなく活動のイメージはできたものの、このような活動が本当に可能なのか、その妥当性を検討する必要があります。コンセプトだけ与えても、なかなか具体的な活動に入れないと、そこで活動が停滞してしまうからです。私は、もし自分が学生だったら、どのようなプロセスを経て活動を進めていくだろうかということを、できるだけ具体的に想像してみる(実際にやってみる)ということをよくします。
とりあえず、ネットで「未来予想図」「future vision」「2050年」などのワードで検索してみました。ドリカムの「未来予想図」もヒットしますが、それ以上に、さまざまな企業や研究所などから、具体的なビジョンが提案されていることが分かりました。
YouTubeなどで、美しい動画を公開している大手企業もありました。テック企業などでは、技術革新に絡めた予想がされていました。テック企業だけでなく、例えば、人口統計、環境問題、医療技術などに基づいた具体的な未来予想も出されていました。多くの書籍やムックなども出版されていました。
これならネタには困りません。考えるきっかけとして、まず、ネット検索からスタートしてみることができそうです。実際、私も調べながら楽しくなってしまい、いろいろと妄想しました。中には、「これはちょっと...」と思うものもありましたが、むしろ、そのような感情が生まれた方がオリジナリティが生まれます。
自分の妄想を、いきなり言語化するのは難しいのですが、「これだ」と思った画像や動画を集めるところからはじめ、そこから、想像をふくらませていけば、具体的なビジョンができそうです。ビジュアルから入れば、日本語が不十分でも、対応はできますし、母語を使って検索すれば、検索結果にも多様なものになるのではないかと思いました。
このように、実際に自分で手を動かしながら検証し、これなら活動として成立しそうだと思いました。
教育目標との関係性の検討
前回の記事では、2ndプロジェクトにおける教育目標を以下のように定めたと書きました。
IT教育:IT業界の最新技術について知る
キャリア教育:ITエンジニアとしてのキャリアを考える
日本語教育:相手の話を丁寧に聞く
これらの目標はあくまでも「教育目標」なので、これを活動の中に埋め込んでいくことが必要です。
IT技術については、未来予想を検索する中で、自然と知ることになるだろうという感触がありました。自身の関心が高い分野であれば、指示しなくても自分で深堀するだろうと思いました。時間も限られているので、ここは本人の裁量に任せることにしました。
問題は、キャリア教育の部分です。
ただ単に「未来予想図」を考えるだけでは、自分のキャリアと結びつけることは難しいと思いました。自分の関心と全くかけ離れた未来の世界を描いても、「他人ごと」になってしまい、自分の未来を考えたことになりません。「自分ごと化」は、1stプロジェクトから持ち越された最も重要な問題点です。
個人のキャリアを考えるには、これまでの経験を振り返り、現状を認識し、そして、未来の自分へつなげていくという視点が必要です。これは「未来社会」を想像するときの視点と重なるように思いました。過去の技術や社会が現在の私たちの生活に何をもたらし、それが未来社会へどうつながっていくのか、そのような視点で「未来社会」を捉えられたら自分のキャリアと未来社会を重ね合わせて考えることができるのではないかと思いました。
この考えをイメージすると、下のようになります。
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では、未来社会と自分のキャリアを重ね合わせて考えるにはどうすればいいのか?そのためには、「問い」が必要だと思いました。
まず、「未来社会」と私とを繋げるための「問い」として、
「なぜ、その世界がいいのか」
と問いかけることにしました。
例えば、非常にざっくりした例ですが、私は、何も持たずに手ぶらで出かけても、なんの問題なく行動できる世界を想像しました。なぜそのような世界がいいのかと言われたら、忘れ物やなくしものが多く、かばんはパンパンなのに、肝心なものが何も入っていないという私のどうしようもない普段の行動が関係しています。ものを探している時間を差っ引いたら、私にはもっと多くの可処分時間が生まれるはずです。
しかし、手ぶらで外に出ることに全く魅力を感じない人もいるはずです。ここは、その人の個性や考え方が反映されるだろうと思いました。自分との関係を見出すためには、「なぜ」が、重要な「問い」になります。
次に、「未来社会」とキャリアを繋げるための問いとして、
「その世界のために何ができるのか」
を考えました。この「問い」を先ほどの自分の例「手ぶらで外出が可能な世界」を例に考えてみましたが、このような社会を実現させるためには、キャッシュレスやID、情報管理の技術などが絡んできそうです。しかし、この世界のためには、私は何もできそうにありません。非技術者である私にとって、自分の思い描いた「未来社会」と「自分のキャリア」との関係が希薄だったということになります。
しかし、「使用する言語が違っていても、コミュニケーションが成立する」という「未来社会」であれば、今の私にもできることはいろいろありそうです。
このように「問い」を投げかけることにより、プロジェクト活動を、単なる活動から教育目標を踏まえた活動につなげることができるのではないかと考えました。
活動目標
以上のような活動デザインのプロセスを経て、2ndプロジェクトの活動目標を以下のように設定しました。
活動目標:2050年の未来予想図を説明する
学生がそれぞれの関心に基づいて、2050年の未来を予想し、その未来がどのようなものかわかるような作品を創ることをゴールとしました。
共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!