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課題遂行型日本語教育における「課題」とは何か?

今回は、「課題遂行型日本語教育」における「課題」とは何かについて考えてみたいと思います。

以前のnoteに以下のブックレビューを書きました。

このブックレビューでは、
来嶋洋美・八田直美・二瓶知子(2024)『Can-doで教える 課題遂行型の日本語教育』三修社

を取り上げ、「課題遂行型の日本語教育」が目指すコース設計について考えました。このレビューがきっかけで、「サタラボ」さんからセミナーの講師依頼を受け、同書をクリティカルに読み解きながら、「課題遂行型の日本語教育」とは何かを掘り下げました。

さらには、自身が持つビジョンとどう折り合いをつけるのかを考え、「自分のビジョンを起点に授業をデザインしてみよう!」というテーマで、実際に授業を設計するにはどうすればよいかを参加者の皆さんと考えました。

セミナーの様子は、三修社さんが以下の記事にまとめてくださいました。

このセミナーを通して、これまで考えてきた「課題遂行型日本語教育」について、さらに一歩考えを深めることができました。そこで今回は、これまで考えたことを一旦整理してみたいと思います。

まず手始めに、「課題遂行型日本語教育」の「課題」について考えてみたいと思います。


JF日本語教育スタンダードにおける「課題」

はじめに、「課題遂行」という言葉から考えてみたいと思います。「課題遂行」という言葉が初めて使われたのは、おそらく国際交流基金の「JF日本語教育スタンダード(JFスタンダード)」ではないかと思います。(認識が違っていたらすみません)

現在のウェブサイトでは、「JFスタンダード」を、次のように説明しています。

JF日本語教育スタンダード(JFスタンダード)はコースデザイン、授業設計、評価を考えるための枠組みです。 課題遂行能力(言語を使って課題を達成する能力)と、異文化理解能力(お互いの文化を理解し尊重する能力)を育成する実践をサポートし、日本語を通じた相互理解を目指します。

JFスタンダードとは(相互理解を理念とした日本語教育のための枠組み)

この説明を読むと、「JFスタンダード」とは、授業実践をサポートするための枠組みであると読み取ることができます。

「JFスタンダード」は、2001年に公開されたCEFRをもとに、かなり早い段階から開発が進められていました。一般的に公開されたのは、2009年の『JF日本語教育スタンダード 試行版』(以下、JF試行版)だったと思います。

「JF試行版」によると、「JFスタンダード」は、「相互理解のための日本語」という視座を持ち、開発が進められたと説明されています。また、「課題遂行能力」については、以下のように説明しています。

まず、「相互理解のための日本語」は共同行為を前提とする。発信者と受信者が互いの理解のために言語を使用するということは、共同行為そのものにほかならない。この共同行為とは、発信者と受信者が日本語を使ってある領域や場で特定の課題を共同で遂行することである。この課題を共同で遂行するときに必要な能力を「課題遂行能力」と呼ぶ。課題遂行能力とは、日本語に関する知識だけでなく、日本語を使って何かを行うという言語行動を中心に据えた概念である。

『JF日本語教育スタンダード 試行版』(p.18)

「課題」とは何かについては、ここでは詳細な説明がありませんが、「課題を共同で遂行すること」「日本語を使って何かを行うという言語行動」が重視されているのがわかります。

「相互理解を目指している」という点は現在のWebサイトの説明も、「JF試行版」の説明も一貫していますが、「課題遂行能力」については、現在のWebサイトでは、「言語を使って課題を達成する能力」とされています。「言語を使って」という点では一致していますが、「課題を共同で遂行する」という点には言及がありません。

日本語能力試験(JLPT)における「課題」

「課題遂行型」と聞いて、いちばん馴染みがあるのが、「日本語能力試験(JLPT)」ではないかと思います。そこで、次にJLPTにおける「課題」について考えてみます。

「JFスタンダード」の開発とJLPTの改定は、同時期に行われていました。そして、2010年のJLPTの改定で、「課題遂行のための言語コミュニケーションを測ります」と提案されました。

JLPTのウェブサイトでは「課題遂行」を以下のように説明しています。

日本語能力試験では、①日本語の文字や語彙、文法についてどのぐらい知っているか、ということだけでなく、②その知識を利用してコミュニケーション上の課題を遂行できるか、ということも大切だと考えています。私たちが生活の中で行っている様々な「課題」のうち、言語を必要とするものを遂行するためには、言語知識だけでなく、それを実際に利用する力も必要だからです。そこで、この試験では、①を測るための「言語知識」、②を測るための「読解」、「聴解」という3つの要素により、総合的に日本語のコミュニケーション能力を測っています。

日本語能力試験とは(4つの特徴:point1)

現行の試験で課題遂行のための言語コミュニケーションが測れているのか、また、JLPTを扱う日本語教師が、この点をどのくらい意識しているかは別問題として、JLPTの改訂から「課題遂行」という言葉が一般的になったのではないかと思っています。

当時、日本語教育機関で教務主任をしていた私は、「課題遂行のための言語コミュニケーション」とは何か、今後、日本語教育はどのように変わるのかなど、職場で勉強会を開きました。実際に、自分たちで問題を作成し、「課題遂行のための言語コミュニケーション能力」をどのように試験で測るのかなど、検討したのを覚えています。

「JFスタンダード」とJLPTは、そもそも別の経緯で作られたものですし、テストという性質上、致し方ありませんが、JLPTの「課題遂行」の説明には「共同」とか「相互理解」という視点を読み取ることはできません。

Webサイトの英訳を見ると、ここで使われている「課題」は「tasks」となっています。

「日本語教育の参照枠」における「課題」

2021年に文化庁から出された「日本語教育の参照枠(以下、参照枠)」でも「課題を遂行する」という表現が使われています。「参照枠」では、「行動中心アプローチ(action-oriented approach)」の説明の中で「課題」という言葉が使われています。

行動中心アプローチとは、多様な背景を持つ言語の使用者及び学習者を、生活、就労、教育等の場面において、様々な言語的/非言語的な課題(tasks)を遂行する社会的存在として捉える考え方のことである。

「日本語教育の参照枠(報告)」(p.10)

この「課題(tasks)」には、脚注がついており、以下のように説明されています。

課題には、社会の中で目的を持って行う言語的/非言語的行動の全てが含まれる。買い物をすること、交通機関を利用すること、娯楽として映画や読書を楽しむこと、地域社会・学校・職場などでよりよい人間関係を構築すること、職を得て働き収入・やりがいを得ていくこと、教育を受け教養を身に付けることなど、多岐にわたる。

「日本語教育の参照枠(報告)」(p.10)脚注

この説明では、「課題」は言語だけに限定されておらず、「非言語的行動の全てが含まれる」とされています。

「JFスタンダード」では、「課題遂行」を言語を使って課題を達成することと説明されていました。また、JLPTの「課題」は、日本語でのコミュニケーション上の課題に限定されていました。「参照枠」より、「課題」の範囲が限定されているのがわかります。

CEFRにおける「課題(task)」

「参照枠」は、2001年に公開されたCEFRを参考に作成されていますから、「tasks」という英訳は、CEFRから来ています。では、CEFRでは「task」がどのように説明されているのでしょうか。

これを読み解くのは、大変な作業なのでChatGPTの助けを借りてまとめてみます。なお、今回は、2001年に公開されたCEFRだけでなく、2020年に発行されたCompanion Volume(CEFR-CV)も参照しました。

まず、「action-oriented approach」と「tasks」の関係について、CEFRの中でどのように説明されているか、ChatGPTにまとめてもらいました。

CEFRのCompanion Volume(CEFR-CV)では、「action-oriented approach」(行動指向アプローチ)が中心的な概念として説明されています。このアプローチは、学習者を「社会的エージェント」と見なし、言語学習が日常生活や現実的な状況での具体的なタスクを通じて行われるべきだと考えています。ここでの「タスク」は、単なる言語活動を超えて、学習者が特定の環境や状況の中で達成する必要がある現実的で目的を持った行動です。

ChatGPT

「日本語教育の参照枠」では「行動中心アプローチ」と訳されていますが、ここでは「行動指向アプローチ」と訳されました。また、「社会的エージェント」は、「social agents」であり、「参照枠」でいうところの「社会的存在」のことです。

CEFRにおけるタスクとは、「言語活動を超えた」「現実的で目的を持った行動」であると説明されているようです。

さらに、ChatGPTとのやりとりの途中経過は省略しますが、以下のようなまとめもしてくれました。

行動指向アプローチにおけるタスクは、学習者がコミュニケーションを通じて社会的な役割を果たすよう設計されており、学習が単なる言語知識の習得だけでなく、実生活での問題解決能力や異文化間の相互理解の向上にも寄与することを目指しています。

ChatGPT

「異文化間の相互理解」という点は、「JFスタンダード」に通じるものがありますが、タスクが言語に限定されていないところが大きく異なります。

以下のCEFRのWebサイトは、「The action-oriented approach」について説明しています。

上記のサイトでは、「task/project」ように「project」が併記されており、タスクは、個人的な学習にとどまらず、協働的な活動も指向されていることがわかります。

「課題」をどのように捉えるのか?

以上、「JFスタンダード」「JLPT」「日本語教育の参照枠」「CEFR-CV」において、「課題」とは何を指すのかについて、ざっと見てみました。

簡単にまとめると、「課題」を言語使用に限定するのか、言語以外も含むのかで大きな違いがありそうです。「日本語教育」という文脈では、言語に限定して考えるというのは、当然の発想だと思うのですが、「課題」に何を含めるのか、どのように「課題」を設定するのかによって、プログラムで扱う内容は大きく変わってきます。

現場で、プログラムを設計する私たちにとっては、この考え方の違いをしっかり押さえておく必要があるのではないかと思います。

ちなみに、「課題」という日本語に、どんな英訳が使われているのかを「Perplexity」に聞いてみました。以下が「課題」の英訳です。

  • Task

  • Assignment

  • Issue

  • Challenge

  • Problem

これまで「task」という英訳をベースに検討してきましたが、それ以外の英訳と比べるとかなりイメージが異なります。

「参照枠」の1章では、「日本語教育の参照枠」の検討経緯が記されており、以下のような構成になっています。

1-1  現状
1-2  課題
1-3 「日本語教育の参照枠」が目指すもの
1-4 「日本語教育の参照枠」の枠組みとしてCEFRを参考とすることについて

「日本語教育の参照枠(報告)」

1-2は「課題」とされていますが、この課題は、taskではなく、「Issue」あるいは、「Problem」といった意味の方が近いと思います。

「課題遂行」といったとき、「課題」という言葉からイメージするものの違いが、この言葉をわかりにくくしているのではないかと思っています。

ということで、今回は、「課題遂行」の「課題」に焦点を当てて、考えてきました。次回は、この「課題」を、プログラムを設計する際に、どのように扱えばいいかについて考えてみたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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ヒラサワエイコ
共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!