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函館グルメで読み解く『この心が死ぬ前にあの海で君と』

四年ぶりに記事を書きます。

たまたま図書館で『〈面白さ〉の研究 世界観エンタメはなぜブームを生むのか』(都留泰作 角川新書)という本を見つけて読みました。

その中で、『獣の奏者』や『天空の城ラピュタ』に出てくる食べ物が美味しそうに感じるのは「人間の日常動作の流れの中に重ね合わせて表現されているから」と書かれていました。

この部分を読んでいたとき、同じ頃読み終えた一つの作品を思い出しました。
東里胡さんの『この心が死ぬ前にあの海で君と』です。

人と人(家族、友人、恋人)との関わりがテーマである作品ですが、作中に函館グルメが多数登場するのも魅力の一つです。

Webで読んでいたころはただただ「美味しそう」と思っていたのですが、書籍になって改めて読んでみると、食べ物が人間関係に密接に関わっているからこそ美味しそうに思えて、なおかつ深く印象に残るんだなと気づいたのです。

ということで前置きが長くなりましたが、「函館グルメで読み解く『この心が死ぬ前にあの海で君と』」スタートです。

食から感じる函館の風景

『この心が死ぬ前にあの海で君と』は情景描写が優れた作品ですが、食に関する描写でも函館という土地を感じさせます。

物語冒頭でリツと父親が釣っている「今晩のおかずになるクロソイ」
家族と離れて暮らすことになったリツにじっちゃんが言う「イカ飯炊いてあっから後で食え」というセリフ
リツがじっちゃんと食べる朝食に用意する「朝市で貰ってきたヤリイカ」

作品を読み始めて15ページでこんなに海の幸が出てきます。海の近くの街で、新鮮な魚介類を日常的に食べているのがよく分かる描写です。

「あなたが作った食べ物が好き」という受容

料理を作るときは、自分の家庭の味や自分自身の味の好みが出てしまいます。自分が作った料理が好きだと言われれば心の距離が縮まり、好みに合わないと言われればなんだか自分を否定されたような気持ちになってしまいます(個人の感想です)。

「リツの作った味噌汁、じっちゃん初めて食うけどよ? なまら、うまいなあ。いい出汁だ」
「煮干し、使ったんだよ。あったからさ」
「理香子さんの味さ、そっくりだな。うめえなあ」
 理香子さんとは、私の母さん。じっちゃんは母さんの漬物や料理が大好きだ。

リツのじっちゃんはとても素敵な登場人物ですが、このやり取りだけでじっちゃんがリツのことも母親の理香子さんのことも深く受け入れているのが伝わってきます。

また、リツが制服を取りに一度実家に戻る際、朝陽とハセガワストアの焼き鳥弁当を食べる約束をしていたのに、それを知らなかったお母さんがたくさん料理を作っていて大量のおかずを持ち帰ることになったシーンでは、

「リッちゃん、チェンジして? 函館の人の作るおかず大好き」
 と、私の膝にやきとり弁当を載せた。
「めっちゃ美味しそう、いただきます!」
 蓋を開けて昆布巻きに食らいついている。
「うまいっしょ?」
「うん、リッちゃんのお母さん料理上手! なまら・・・うまい」

朝陽が「函館の人の作るおかず大好き」と言うことで、「リツに気を遣って食べてあげる」のではなく「函館の人が作ったものだから食べたいのだ」という朝陽の優しさが伝わってきます。

ラッキーピエロと食の好み

作中に登場するラッキーピエロ(ラッピ)は函館発のハンバーガーチェーンです。
放課後にハンバーガー屋さんに集まってわちゃわちゃする……。眩しい青春の一ページとして印象深いですが、ラッキーピエロにまつわる二つの描写が人間関係に深く関わっています。

 朝陽のために奏太くんが注文していたのはこの店一番のオススメ。ボリューミーなチャイニーズチキンバーガー、ポテト、そしてやっぱりガラナだ。
「え、うまっ!」
 大きな口で頬張った朝陽が嬉しそうに私たちを見回す。
「だろ、オマエの好みは俺にそっくりだからな。絶対気に入ると思った」

「リツ、ラッピでチャイニーズチキンバーガー二セットとラッキーチーズバーガー二セット取ってきて。昼飯買ってこいって母さんがさ」
(中略)
「チーズバーガー、私と母さんの?」
「なして母娘おやこしてチーズバーガーしか食わねんだべな? チャイニーズチキンチャイチキもうまいのに」

同じ食べ物が好きだと親しくなるきっかけにもなるし、食の好みが似通っているとより親密にもなります。

ネタバレになるので詳しくは言及できませんが、朝陽&奏太の「好みがそっくり」はのちに小さな波紋につながり、リツと母の「チーズバーガーしか食わない」は物語後半で大きな感動を呼びます。

『この心が死ぬ前にあの海で君と』に出てくる食べ物は、見た目や食感、味が詳細に描写されているわけではありません。
それなのにとても印象に残るのは、登場人物の性格や関係性に深く結びついているからなんだなと思いました。

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