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生きるのが辛いあなたに 黒澤いづみ『人間に向いてない』

 『人間に向いてない』は第57回メフィスト賞受賞作品である。
 一番泣けるメフィスト賞受賞作品(俺調べ)


あらすじ

 ある日、主婦・美晴の息子・優一が異形の怪物になってしまった。その現象は「異形性変異症候群」と呼ばれ、日本各地で起こっていた。異形になるのは若者、それも引きこもりやニートのように社会や家族と接点のない若者中心に異形化現象が起こっていた。
 異形の姿も様々だが、会話したりコミュニケーションすることができた者は皆無。何より姿がおどろおどろしく気持ち悪く社会からより嫌悪されてしまう存在になっていた。そして、異形化した者は社会的に死亡したものとみなすことになってしまう。

 美晴の夫である勲夫は、とっとと優一らしき生き物を「処分」するように迫る。美晴は息子である優一を処分すると言い出す勲夫と反目しあう。そして、変異症候群の家族の交流会である『みずたまの会』に参加する。
 みずたまの会で美晴は気がある友人として津森という女性と仲良くなる。娘が異形化してしまったという津森は、美晴と交流する中でお互いのそれまでの人生について語り合っていく――。


感想

 あらすじだけ読むと人が異形化するホラー小説であり、何かトラブルが起きて怪しげな会に参加して新たなトラブルに巻き込まれるミステリ小説だと思うかもしれないが、実はぜんぜん違う!
 中盤まではいかにも何かが起きそうなストーリー運びだが、終盤(具体的には326ページあたり)から一気に加速する。そして、全然予想できなかった不意打ちを食らってしまった。

 結論を言うと、ボロボロと泣いた。

 メフィスト賞ですよ。面白ければ何でもあり。超尖った作品が集まるメフィスト賞で驚かされたことは何度もあったけれど、泣かされたのは多分初めて。
 それくらい心情の描き方が丁寧。平易な文章で気取ったり難解な比喩のような飾りはあまりなく、ただただあるがままの心情描写に胸が詰まる。

 各章の終わりには、何者かの視点での独白が挿入されている。
 これも終盤は絶妙なタイミングで入ってくる。ここらへんの文字の奔流は抵抗できない。ただ、流されるだけ。割とありふれた独白のようであるが、どうしてかぐわんぐわんと心が揺さぶられる。

 いろいろな感想や書評でもかなりの個人差がある。多分、それがタイトルにもなっている「人間に向いてない」人なのだろう。

 「生きている意味がない」「どうして迷惑をかけずに死ねないのか」「『普通』というハードルすら高すぎる」そう感じた考えたことがある、人間に向いてない自分にはグサグサと刺さる名作だった。

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