「歌姫の傘」

 色とりどりの傘が泳ぐように歩き回るのをビルの上から眺めてた。濡れた歩道は深い深い藍の海。白い傘も黒い傘も黄色い傘も、傘も差さずに歩いている人も、あたしのことなど気が付きもせず通り過ぎてく

 地面があたしを呼んでいる
 呆然とした瞳、風になびく黒い髪、赤いドレスを着て靴を脱いで、あたしは歌い続けて来た。帰り道を失くしても、この腐った世界に落とされても、結局このしなやかな心に敵うことなどなくっても
 あたしは歌い続けて、偽り続けて、欺き続けて来た。あたしはあたしを、誤魔化し続けて来た。皮膚も性器も喉笛さえも、石で潰してしまいたい
 だけど真っ先に潰れたのは心だけで、あたしは歌うことも、笑うことも出来なくなった
 地面があたしを呼んでいる
お風呂もイスもサボテンも、子供のうちに片づけて──
 風に乗って耳に届いたのは、あたしが最後に残した歌。賑わう店先か、信号待ちの自動車(クルマ)か、それとも伽藍洞になったあたしの頭か……何処から聞こえて来たとしても、あたしが向かうのは深い深い哀の海。傘の群れに飛び込んで、あたしは海になる。空になる。星になる。声になる。涙になる。雫になる
 地面があたしを捕食(たべ)ている

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