【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 17−2】
全ての原因は店長 〈続き〉
この店は、中規模店舗で正社員は3名の配属。
店長の鎌田が公休2日目で、男性マネジャーは病欠。
正社員は村岡紗奈しかいなかった。
本来なら、マネジャーが病欠という状況の場合、公休であっても店長が出勤しなくてはならない状況だった。
一般正社員1人だけで営業させるのは、店に問題があったとき、責任者不在では対応出来ないからだ。
この日は他に、販売担当のパートさん3名(30〜50代)、レジ担当として採用して3ヶ月のパートさん(20代)がいるのみだった。
鎌田には、マネジャーが病欠となった時点で、昨日から電話を掛けているが、気付いてないのか、わざとスルーしているのか全く出ない。
そして、今、まさに、問題が起きていた。
本来、お客様のもとへ商品を直接届けるのは、大きなクレーム発生の時で、対応は店長の役目だ。
このまま鎌田が出社する明日まで、お客様を待たせられないというレベルのクレーム。
電話越しとは言え、紗奈に対して「お前」扱いで、ずっと威圧的に怒鳴りっぱなしの男性。
本来なら、一般正社員の紗奈が対応するレベルではない。
会社内の常識としてはあり得なかった。
仮に紗奈が、お客様が入院している病院に行ったとしても、すぐに戻ってこられる保証は無い。
お客様次第では、戻るのが遅くなる可能性も十分だった。
その間に、もし店で別のクレームや問題が発生してしまうと、正社員不在の状況下となり、本来無関係な紗奈にも、鎌田の分まで責任が押し付けられる可能性もあった。
しかし、じっくり考える時間も無い。
パートさんたちも、そんな紗奈を心配し、社員とはいえ女性1人で行くのは得策ではないと口を揃えた。
かと言って、このお客様と無関係なパートさんの誰かを鎌田の代わりに行かせて、クレーム対応させるのは、それも会社内の常識としてはあり得なかった。
50代のパートさんが紗奈に提案した。
「私、あの病院には通ったことがあるし、顔馴染みの看護師さんもいるから、一緒に行こうか?」
店は手薄にはなるが、これがこの現状でベストな選択だと思った紗奈。
紗奈は念のため、携帯電話を持参し、義足対応に作り替えたスラックスを手に、パートさんと病院に向かった。
紗奈は店に残った皆に、何かあったらすぐ携帯に連絡するようにと伝えた。
病院内で携帯は使えないが、留守電に入れておくようにとも伝えた。
病室で
病院の受付に事情を話し、紗奈とパートさんで真田と名乗ったクレーム客の元へ向かった。
真田は4人部屋の入り口近くのベッドにいた。
紗奈も勤務して数年、クレーム対応は経験してきたが、クレーム客の元へ商品を届けに行き、謝罪するのは初めてだった。
3分ほど、怒鳴り散らされながら、仕事と割り切って謝罪した。
やっと真田の怒りが落ち着いたところで、紙袋に入れていたスラックスを取り出し、確認してもらった。
ベッドで上半身を起こした状態の真田は、スラックスを見て激昂した。
「なんだこれ⁉︎ なんでファスナーが右脚に付いてるんだ?」
紗奈もパートさんもすぐには理解出来なかった。
鎌田が書いた直しの指示伝票によると、右脚の膝下から裾まで、スラックスの内側にファスナー取り付けと記入されている。
「俺は、左脚が義足だ‼︎」
この言葉に、紗奈もパートさんも絶句した。
接客してない紗奈とパートさんが、直しの指示伝票そのものが間違っていたとは、気付ける訳がなかった。
続く真田の言葉に、更に驚いた。
「俺はなぁ、こんなところからファスナー付けろなんて言ってないぞ! 短いだろう⁉︎ 義足を付けたり外したりするんだから、膝上からの長いファスナーじゃないと、意味ないだろう‼︎」
義足の人が身近にいたことがない紗奈とパートさんにとって、そこまでのことは知る由もなかった。
どういう作りのものが便利なのか、想像も付かなかった。
クレームが新たなクレームを呼ぶ場合があることは、学んでもいたし、実際に経験したこともあった紗奈だが、ここまで酷いミスと、クレームは初めてだった。
ここから真田の罵詈雑言が5分ほど続き、怒鳴り声に気付いた病棟の看護師が、慌てて止めに入ったほどだった。
「こんなもん、要らねぇ!」
スラックスを勢いよく床に投げ捨てた真田。
すぐにパートさんが拾い上げた。
裾上げ後に要らないと言われても、簡単に返金は出来ない。
そもそも、返品する流れになるとは想定もしてないので、返金するお金も持ってきていない。
なんとか再直しで対応して、お客様に渡したかった。
紗奈とパートさんは、何度も深々と頭を下げて謝り続けた。
それを気の毒に感じた看護師さんから「あとは私たちが対応しますので」と言われ、病室をなんとか後にすることが出来た。
新たなクレーム対応に向けて
紗奈も一緒に行ったパートさんも、疲れ果てた。
真田の、罵詈雑言混じりのクレームに憤りを感じたが、鎌田の重ね重ねのミスにはもっと激しい憤りを感じた。
店に戻った紗奈は、縫製業者の小田切に電話をし、この件を伝えた。
小田切からは「指示伝票の通り直しただけだ。直接、言われたのは『小田切さんなら、ファスナー付けるだけだし簡単ですよね? 膝の位置はここだから』って契約外の仕事なのに、押し付けてきたんだ」と言われた。
小田切は競合他社の縫製も引き受けていて、外回り中だった。
「閉店時間くらいに店に行くよ。詳しくは、その時に聞かせて」と言った。
鎌田より、店長らしい責任感ある行動の小田切に、紗奈とパートさんは頼もしさすら感じた。
閉店間際。
約束通り、小田切がやって来た。
今回の件は、さすがに小田切も憤っていた。
「アイツは次々、何をやってるんだ? 誰にも引き継ぎしないで公休入って。まだ連絡付かないのか?」
縫製の下請け業者なのに、小田切の方が上司に思えた。
職人気質とはいえ、下請け業者からとうとうアイツと言われた鎌田。
そのアイツは、まだ連絡が付かなかった。
紗奈は訊いた。
「小田切さん、このスラックス、ファスナーを外して、右脚を元の形に戻して、左脚にファスナーを膝上から裾まで取り付けて裾上げすることは出来ますか?」
「無理。ファスナーを取り付けるために、本体部分もいじってるから、元には戻せない。それに、膝上からファスナーを付けるにしても、膝上何センチからファスナーが必要なのか確認できなかったんだろ?」
「そうなんですよね……」
「もし、ファスナー付け直しをするなら、同じ商品を新たに用意してもらってから付けることになるけど、またファスナーは特注で買ってくることになるよ」
店に同じ商品のスラックスは無く、再直しするのであれば、まず取り寄せが必要だった。
お客様は怒って、もう要らないと言った。
それでも新たなスラックスを用意し、再縫製して納品するのか?
返品を受け付けるのか?
紗奈にはそこまでの判断は出来なかった。
閉店時間になり、最後にもう一度、鎌田に電話をかけてみたが、やはり鎌田は電話に出なかった。
留守電も設定してなかったようで、メッセージを残すことも出来なかった。
このクレームに関しては、明日、鎌田が出社したら伝えるしかなかった。
<続く>
この物語について / 実際のところ
一昔前の時代、実際に体験したことに脚色をし、回顧録的な物語にしています。
義足の年配男性の罵詈雑言、怒鳴りつける行為は、今の時代、カスハラになりそうですが、1つだけ、学んだこともありました。
義足の方が履きやすいようにするためのスラックスは、どこからが義足なのかにもよるのでしょうが、義足の長さよりも長いファスナーが必要だと知りました。