物語がもたらす感情
あんたにもお気に入りの物語ってやつがあるかい?
俺たちくらいのオッサンともなると、新しい物語で「うぉ~オモロイ」って思えることってなかなかなレア体験だと思う。
モノを見る経験が積みあがっちまっているので、どうしても過去に見た作品との比較って行為が新しい作品を堪能する前のプロセスに入っちまうってのがあると思うんだよね。
SF作品を見るときには「スターウォーズだったらこうだったよね」だとか、ファンタジーなら「エルリックサーガならこうだったよね」だとか。
何につけ比較して自分の中の評価を固めようとしている。
本来はその作品そのものを楽しむべきところに「自分の評価」ってのをさしはさんじまう。
今回は作品を楽しむってことについて考えてみる回だ。
ちっと俺と一緒に作品がなんであるのかってことを考えてみようぜ。
コンテンツの内容を知っているって優位性
実際、自分が楽しんでいるコンテンツを振り返ってみる。
ガンダムにヤマトにパトレーバー。
昔から慣れ親しんだコンテンツが並んでくる。
ヤマトなんて、俺が幼児のころから見続けているわけだしな。
そう考えてみると、世の中に何と多くのリメイク作品があふれ出していることか。
ヤマトもそうだし、ガンダムなんて何個物語が紡ぎだされているのか、数える気にもならない。
別にそのことを否定したいわけじゃなくて、俺たちのニーズってのは「わかっている物語」ってものに対して向かっている要素が少なからずあるってことだと思うんだ。
この物語を見ることでこの感覚を味わえる。
このことに俺たちは結構な価値を見出している。
それが実際のところなんだろうな。
無料戦略
実際、この「知っている物語の価値」ってやつについて、世の中は結構理解をし始めているっぽい。
西野亮廣さんの「えんとつ町のプペル」が最たる例だよな。
この作品は絵本なんだけれども、WEB上ですべての内容を読むことが出来る。
で、結構な勢いで本屋さんにおいてある絵本も売れているらしい。
さっきも言った通り、作品がもたらしてくれる「感情」を買っている。
もしくは、その「感情」を誰かに味わってもらいたいって思いがその作品を買わせているってことなんだろう。
同じように、マンガでも単行本丸々1巻無料公開ってのは珍しくない販売戦略になりつつあるみたいだ。
その戦略で、今年大成功を収めた作品って言うと何だと思う?
俺は鬼滅の刃だと思うわけだ。
鬼滅の刃の冒頭部分の魅力
鬼滅の刃の無料戦略はあのアニメだと思うんだ。
実に多くのメディアがあのアニメについて絶賛していて、テレビ放送から始まって、各種オンデマンドサービスでの公開をしていった。
そっから先の鬼滅の刃の単行本の売れ行きのえげつなさについては、あんたもニュースで聞いていると思う。
映画の興行収入もえらいことになっているってニュースも流れているよな。
これだけの人気になった要素を紐解いていくと、多くの要素が多くのヒトによって語られている。
曰く「優しさ」であったり「迫力と絵柄のギャップ」であったり、その魅力を語るヒトは星の数ほどいるよな。
ポイントはその魅力がテレビアニメで放映された部分に結構凝縮されて味わえるってことなんだと思うんだ。
アニメを見て「これオモシロい!」って思わせてから単行本なり映画なりにマーケティングの導線をつなげていく。
その王道がものの見事にはまったのが鬼滅の刃という作品なんだと思うんだよね。
消費者として感じたい感情
こういう風に俺たちは「感じたい感情」ってやつを求めながら生きているってのが本筋らしい。
なら、俺たちは何の感情を求めているんだろうか?
喜び?悲しみ?怒り?
たぶん、そういうシンプルな言葉では言い表すことは難しいんだと思う。
実際俺たちがガンダムなりヤマトなり鬼滅の刃なりプペルから感じた感情は一概には表現できないよな。
でもそこをあえて一言で表現すると何になるんだろう?
ああ、そうか。
きっとこれだ。
「感動」だ。
俺たちは感動するために作品を味わっているのかもしれない。
そして、その感動はどうやら物語をあらかじめ知っているかどうかには関係しないらしい。
じゃあ、その感動はどこから来るのか?
残念ながらその答えはまだ俺の中にはないみたいだ。
なあ、あんたはどう思う?
俺たちの中の感動がどうやって導き出されていると思う?