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命の使い方

「なんかしんみりしちまったな。そうだ。そういう気分を変える方法を教えてやろう」

「どうすんのさ?」
真人が聞く。

「酒で洗い流すのさ」
真人が苦笑する。

「ったくどうしようもない大人だな」
「まあ、否定はしないさ。どうしようもないからヒトなんだから」

斎藤くんが聞く。
「そんな自分が嫌になったりしないんですか?」
「辛辣なご意見に感謝だ。なるよ。当然。
でも歩みを止めるわけには行かない。
生きてるんだから。
『生きている限り戦え』
そのセリフを心に据えながらね」

「香さんがいなくてもですか?」
圭子が問いかける。
まったくこの若者たちの相手はしんどいな。

「香はいるさ。
俺のここにね」
俺は胸を指さした。

「そんなの辛いです」
「それが生きるってことなんだよ」


若者たち

「斎藤くんの彼女さんもそのうち連れてきて」
ママがそう言った。
空気を少し変えてくれる。
その辺りは流石だ。

「そういえば、おれ斎藤の彼女知らねぇや」
真人が言う。
「ん?カナタだよ。藤田カナタ」
「うえ?隣の研究室の?」
「そう、そのカナタ」
「おめ、そんな素振り全然してなかったじゃん」
「そうか?別に隠してないつもりだけど」

なるほど、斎藤くんは割と淡白な感じなんだな。

「ただ、ここにつれてくるにはちとハードルがあるかな。下戸なんだよ」
「あら、ソフトドリンクもありますよ」
ママが答える。
「料理も色々作ってくれるぞ。メニューにはないけれど」
俺がそう付け加える。
「その日にある材料で出来るものだけだから、メニューに出来ないのよ」

「それなら連れてこられるかな」
「ぜひ」
ママがいつものアルカイックスマイルを浮かべる。

「真人の配属はいつ頃決まるんだ?」
斎藤くんが聞く。
「そうだなぁ。4月入社で3ヶ月位新人研修だから7月かな」
「随分ゆったりとした新人研修なんだな」
「多分名刺交換の所作とかそういうのもやるんだろう」
「ご丁寧なこった」

そこで少し俺は言葉を挟んだ。
「名刺入れは黒革のやつにしとけ。金属製はダメだ」
「なんでよ?」
「普通じゃないと思われるから」

少し首を傾げる真人。

「普通じゃないってダメなの?」
「日本ではな」

そこに俺は付け加える。
「見た目は普通。中身は普通じゃない。それが基本だ。
見た目が普通じゃないと『話が通じない』と第一印象で思われちまう。
見た目が普通で仕事の内容で発想の外の提案をされると相手は目を見張る。
そういうことだよ」

斎藤くんが言う。
「忍者になれ……ですか」
「そうなるな」
まったく斎藤くんは言語化能力もすげぇのか。

「女性の場合はどうすれば良いんです?男性のようにスーツみたいな定型のスタイルってのがありません」
圭子が聞いてきた。

「俺の経験上、女性は露出が少なければある程度自由でいいと思う。
ただ、実力を伴っていると言う前提でな」
「最初の実力が伴っていないときはどうすれば良いんです?」
「最初はスーツで、周りの女性を見て、それを真似すればいいと思うぜ」
「……真似。見た目の個性を消せということですか……」
「まあ、そうなるな。その代わり、プライベートでは自分の好きなスタイルを極めれば良い。
それに、普通のスタイルでも個性の表し方が男性より女性の方がバリエーションがある。
その辺は街を歩いている女性を見れば感じ取れるんじゃないか?」

「香さんはどんなふうにしてたんです?」
圭子が聞いてくる。
「そうだなぁ。仕事のときは季節にもよるけれど、ニットとタイトスカートとか合わせていたかなぁ。
でも流行り廃りがあるから、今の流行りを雑誌とかでチェックしてもいいかもしれない」

そう言えば圭子はレディースでトップ張ってたんだから普通のファッションセンスとかと無縁の生活だったんだよな。
「まあ、徐々にで良いさ。真人だってそう思うだろ?」
「まあね。だって俺は今の圭子が好きだから」
俺は聞く。
「見た目で?」
「全部で」
まあ、見事な惚気のろけだ。
香。俺たちの息子は立派に育ったぞ。

「そりゃ、最高だ」
俺はそう言ってI.W.ハーパーを一口飲んだ。

#歌えないオッサンのバラッド

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